中学歴史|旧石器・縄文・弥生・古墳時代【Step 2】
中2 社会|旧石器・縄文・弥生・古墳時代|Step 2
この記事でわかること
- 土偶と埴輪・金印と卑弥呼など混同しやすい用語は「時代と目的のセット」で整理すると判別問題で迷わなくなる
- 金印は奴国の王(後漢・1世紀半ば)のもの、卑弥呼の「親魏倭王」称号は魏・3世紀と別物
- 打製石器・縄文土器・土偶は渡来人が伝えたものではなく、選択問題で誤りとして消去できる
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
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この単元の位置づけです。
「土偶と埴輪、迷わない?」→答えはズバリ、時代がちがう!土偶=縄文時代の祈りの人形、埴輪=古墳時代に古墳を飾った土製品
今日のテーマ: 旧石器〜古墳時代の用語を演習で使い分けられるようにする
四時代の基本整理
覚えてる? 旧石器→縄文→弥生→古墳の順に道具・住居・食料の得方を確認しよう(ピンと来なかった人は関連リンクのStep1へ)
| 旧石器時代 | 縄文時代 | 弥生時代 | 古墳時代 | |
|---|---|---|---|---|
| 道具 | 打製石器 | 縄文土器・土偶 | 弥生土器・金属器 | 埴輪 |
| 住居 | 岩かげ | たて穴住居 | たて穴住居+高床倉庫 | 古墳(墓) |
| 食料獲得 | 大形動物の狩猟 | 狩猟・採集・漁労 | 稲作 | (稲作) |
旧石器時代:打製石器・岩かげ住居・大形動物の狩猟。縄文時代:縄文土器・土偶・たて穴住居・狩猟採集漁労。弥生時代:弥生土器・金属器・高床倉庫・稲作。古墳時代:埴輪・前方後円墳・大和政権の成立。
ウォームアップ:銅鐸は何時代?
問い: 銅鐸(どうたく)は青銅器の一つ。これは何時代の道具かな?
答え: 弥生時代――大陸から稲作とともに伝わった青銅器の一つで、日本では祭りの宝物として使われた
答えは弥生時代。稲作とともに大陸から伝わった青銅器の一つで、祭りの宝物として使われました。ただし銅鏡は卑弥呼が魏から授かった例があるように古墳時代にも登場するため、「青銅器=必ず弥生」とは限りません。
確認問題①:縄文時代の遺物を選ぶ
写真ア〜カは、旧石器時代から古墳時代までのいずれかの時代に作られた遺物である。このうち、縄文時代の人々が使っていたものを、すべて選びなさい。
解答①
正解: ア・エ ――アは縄文土器、エは打製石器(縄文時代も旧石器時代の道具を併用した)
確認問題②:前方後円墳と大和政権の記述
図のア〜ウは、古墳を真上から見た形を表したものである。大阪府堺市にある大仙古墳(仁徳陵古墳)の形にあてはまるものをア〜ウから1つ選んで記号で答え、さらに、このような世界最大級の巨大な古墳が造られたことから当時の大王や大和政権についてどのようなことがわかるかを、1〜2文で説明しなさい。
解答②
正解: ウ(前方後円墳)。大仙古墳のような巨大な古墳を造るには多くの人々を長期間働かせる必要があり、大王や大和政権がそれだけの人々を動かせる強大な力を持っていたことがわかる
確認問題③:土偶と埴輪の違いを記述する
土偶と埴輪は、どちらも土で作られた造形物だが、作られた時代と作られた目的がちがう。その違いを、時代と目的の両方にふれて1〜2文で説明しなさい。
| 土偶 | 埴輪 | |
|---|---|---|
| 時代 | ? | ? |
| 目的 | ? | ? |
解答③
土偶は縄文時代に豊かな実りや安産などを祈るまじないのために作られたものであるのに対し、埴輪は古墳時代に古墳の表面に並べるために作られたものである
| 土偶 | 埴輪 | |
|---|---|---|
| 時代 | 縄文時代 | 古墳時代 |
| 目的 | 祈り(豊作・安産など) | 古墳を飾る |
確認問題④:岩宿遺跡と旧石器時代の証明
群馬県の岩宿遺跡で発見された石器の種類(打製石器)にふれて、この発見から日本に旧石器時代が存在したと証明された理由を、1〜2文で説明しなさい。
解答④
岩宿遺跡から打製石器が発見されたことで、縄文土器が使われるより前から日本列島に打製石器を使って生活する人々がいたこと、つまり日本にも旧石器時代が存在したことが証明された
確認問題⑤:渡来人が伝えたものを選ぶ
次のア〜キのうち、古墳時代に渡来人が朝鮮半島などから日本列島に伝えたものを、すべて選びなさい。
- ア: 須恵器の技術
- イ: 縄文土器
- ウ: 機織りの技術
- エ: 打製石器
- オ: 漢字
- カ: 土偶
- キ: 仏教
解答⑤
正解: ア・ウ・オ・キ ――イ(縄文土器)とエ(打製石器)は渡来人が来る前から日本列島にあったもの、カ(土偶)は縄文時代に日本列島で作られた祈りの道具
- ○ア: 須恵器の技術
- ×イ: 縄文土器(もとから日本列島にあった)
- ○ウ: 機織りの技術
- ×エ: 打製石器(もとから日本列島にあった)
- ○オ: 漢字
- ×カ: 土偶(縄文時代の日本の道具)
- ○キ: 仏教
確認問題⑥:奴国と卑弥呼の使いを整理する
- ①奴国の王が使いを送った中国の王朝
- ②卑弥呼が使いを送った中国の王朝
- ③奴国の王が皇帝から授かったもの
- ④卑弥呼が皇帝から授かったもの
- ⑤奴国の王が使いを送った時期
- ⑥卑弥呼が使いを送った時期
- 語群: 魏/1世紀半ば/「親魏倭王」の称号と銅鏡百枚など/後漢/3世紀/「漢委奴国王」と彫られた金印
(2) 奴国の王が金印を授けられたことは、奴国の王にとってどのようなことを示す? 1文で説明しよう
解答⑥
- ①後漢
- ②魏
- ③「漢委奴国王」と彫られた金印
- ④「親魏倭王」の称号と銅鏡百枚など
- ⑤1世紀半ば
- ⑥3世紀
(2) 中国(後漢)の皇帝に使いを送り金印を授けられたことで、中国の皇帝に王として認められたことを示す
確認問題⑦:縄文と弥生の生活の違いを記述する
縄文時代と弥生時代の人々の生活の違いを、『住居』『道具』『食料の得方』の3つの観点のうち2つを自分で選び、どの観点かがわかるようにして1〜2文で説明しなさい。
| 住居 | 道具 | 食料の得方 | |
|---|---|---|---|
| 縄文時代 | たて穴住居 | 縄文土器・石器 | 狩猟・採集・漁労 |
| 弥生時代 | たて穴住居+高床倉庫 | 弥生土器・鉄器や青銅器などの金属器 | 稲作 |
解答⑦
(道具・食料の得方を選んだ例) 縄文時代の人々は縄文土器や石器を使い狩猟・採集・漁労で食料を得ていたが、弥生時代の人々は弥生土器や鉄器・青銅器などの金属器も使い、稲作によって米を作って食料を得るようになった
| 住居 | 道具 | 食料の得方 | |
|---|---|---|---|
| 縄文時代 | たて穴住居 | 縄文土器・石器 | 狩猟・採集・漁労 |
| 弥生時代 | たて穴住居+高床倉庫 | 弥生土器・鉄器や青銅器などの金属器 | 稲作 |
確認問題⑧:貝塚の資料読解
図は、縄文時代の貝塚の断面を模式的に表したものである。この貝塚は、現在は海から離れた台地の上で発見された。図から読み取れる、縄文時代の人々の食生活と、当時の自然環境について、図の中のどこを根拠にしたかがわかるように、それぞれ1文で書きなさい。
解答⑧
食生活: 貝がらや魚の骨、シカやイノシシの骨が捨てられていることから、人々が貝や魚をとり、けものを狩って食べていたことがわかる
自然環境: 海でとれる貝の貝がらが大量に積もっていることから、現在は海から離れているこの場所の近くまで、当時は海が入りこんでいたと考えられる
確認問題⑨:高床倉庫が必要になった理由を記述する
図は、弥生時代に竪穴住居の近くに作られた高床倉庫のつくりを表したものである。このような建物が弥生時代になって各地で必要とされるようになったのはなぜか。この時代に大陸から伝わったことと、図に示された建物のつくりの働きとを関連づけて、1〜2文で説明しなさい。
解答⑨
大陸から稲作が伝わり、収穫した米を蓄えるようになったため、床を高くしたり柱にねずみ返しを付けたりすることで、ねずみや湿気から米を守って貯蔵できる倉庫が必要になった
混同しやすいポイントの整理
× 金印は卑弥呼がもらった物 ○ 金印は奴国の王(1世紀半ば・後漢)、卑弥呼がもらったのは「親魏倭王」の称号(3世紀・魏)
× 土偶と埴輪はどちらも同じ ○ 土偶=縄文時代の祈りの土人形、埴輪=古墳時代に古墳を飾った土製品
| 打製石器 | 磨製石器 | |
|---|---|---|
| 使われた時代 | 旧石器時代〜縄文時代(併用) | 縄文時代以降 |
| 特徴 | 打ち欠いて作る | 磨いて作る |
金印を授かったのは奴国の王(後漢・1世紀半ば)で、卑弥呼が授かったのは「親魏倭王」の称号(魏・3世紀)です。土偶(縄文時代・祈りの道具)と埴輪(古墳時代・古墳を飾る)も時代と目的が全く異なります。さらに打製石器は旧石器時代から縄文時代にかけて使われた日本列島固有のものであり、渡来人が伝えたものではありません。
この記事のまとめ
旧石器=打製石器/縄文=縄文土器・土偶・たて穴住居/弥生=稲作・弥生土器・高床倉庫/古墳=前方後円墳・埴輪・大和政権
自分でチェック: 「土偶と埴輪、時代と目的のちがい」を人に説明できたら今日はOK!あやしい人は確認問題③にもどろう
旧石器:打製石器。縄文:縄文土器・土偶・たて穴住居・狩猟採集漁労。弥生:稲作・弥生土器・高床倉庫・金属器。古墳:前方後円墳・埴輪・大和政権。土偶と埴輪の時代と目的の違いを人に説明できれば、この記事の内容は定着しています。
よくある質問
土偶と埴輪の一番簡単な見分け方は?
「時代」で区別するのが確実です。土偶は縄文時代に豊作・安産を祈るために作られ、埴輪は古墳時代に古墳を飾るために作られました。
金印をもらったのは卑弥呼ですか?
違います。金印(「漢委奴国王」)を授かったのは奴国の王で、1世紀半ば・後漢のできごとです。卑弥呼が授かったのは「親魏倭王」の称号と銅鏡百枚などで、3世紀・魏のできごとです。
渡来人が伝えたものと、もともと日本にあったものはどう見分けますか?
縄文土器・打製石器・土偶は縄文時代以前から日本列島にあったもので渡来人とは無関係です。渡来人が伝えた代表例は、須恵器の技術・機織りの技術・漢字・仏教です。
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