用語の確認
問1石を打ち欠いて作った、旧石器時代の主な道具を何といいますか。漢字で答えなさい。→ ________________________________
問2石を磨いて作った、縄文時代以降に使われるようになった石器を何といいますか。漢字で答えなさい。→ ________________________________
遺跡と発見
群馬県にある岩宿遺跡について、正しい説明を選びなさい
問3。- ア 縄文時代の貝塚として有名な遺跡
- イ 打製石器が発見され、日本にも旧石器時代があったことを証明した遺跡
- ウ 縄文時代の大規模な集落跡として有名な遺跡
- エ 巨大な古墳が並ぶ遺跡
用語の確認
氷期の日本列島に大陸から渡ってきた大型動物のうち、ゾウの仲間の名前をカタカナで答えなさい
問4。→ ________________________________
問5縄文時代に作られ、縄目の文様がつけられることが多かった土器を何といいますか。漢字で答えなさい。→ ________________________________
問6縄文時代の人々が住んでいた、地面を浅く掘って柱を立て、屋根をかけた住居を何といいますか。漢字で答えなさい。→ ________________________________
問7縄文時代の人々が食べた貝殻や動物の骨などが積み重なってできた遺跡を何といいますか。漢字で答えなさい。→ ________________________________
遺跡と発見
問8東京都にある大森貝塚を発見し、日本の考古学のきっかけをつくったアメリカ人学者は誰ですか。 用語の確認
問9地球全体が寒冷化して海面が低下し、日本列島が大陸と陸続きになっていた気候の時期を何といいますか。次の中から選びなさい。 縄文時代の暮らし
問10縄文時代の人々は、狩猟・採集・漁労によって食料を得て暮らしていた。○か×で答えなさい。→ ________________________________
石器の比較
打製石器と磨製石器について、正しい説明を選びなさい
問11。- ア 打製石器は縄文時代以降にだけ使われ、旧石器時代には磨製石器が使われた
- イ 縄文時代になると打製石器は完全に使われなくなり、磨製石器だけが使われた
- ウ 打製石器は旧石器時代から使われ、縄文時代になっても磨製石器とともに併用された
- エ 磨製石器は旧石器時代から、打製石器は縄文時代から使われ始めた
遺跡と発見
問12岩宿遺跡で打製石器を発見し、日本に旧石器時代があったことを明らかにした人物の名前を漢字で答えなさい。→ ________________________________
解答・解説
問1打製石器
打製石器は石を打ち欠いて鋭い刃をつけた道具で、旧石器時代の人々が狩猟などに使った。
問2磨製石器
磨製石器は石を磨いてなめらかに仕上げた道具で、縄文時代以降に伐採や加工などに使われた。ただし縄文時代も打製石器は併用された。
問3イ
岩宿遺跡では相沢忠洋によって古い地層から打製石器が発見され、それまで知られていなかった日本の旧石器時代の存在が証明された。日本列島にも氷期から人々が住んでいたことが明らかになった画期的な発見である。
問4ナウマンゾウ
ナウマンゾウは氷期に大陸から日本に渡ってきた大型動物の代表例で、旧石器時代の人々はこうした動物を追って移り住んだ。
問5縄文土器
縄文土器は煮炊きや貯蔵に使われ、定住生活を支えた。表面に縄目の文様がつけられたことが名前の由来。
問6竪穴住居
竪穴住居は地面を浅く掘り下げて柱を立て、屋根をかけた住居で、縄文時代の定住生活を象徴する。
問7貝塚
貝塚は当時の食生活や自然環境を知る重要な手がかりとなる遺跡で、ゴミ捨て場のような役割を果たしていた。
問8ウ
モースはアメリカの動物学者で、明治時代に来日し、汽車の窓から見えた貝殻の山に注目して大森貝塚を発見した。相沢忠洋は岩宿遺跡の発見者なので区別すること。
問9ア
氷期には海面が大きく低下し、日本列島は大陸と陸続きとなり、ナウマンゾウなどの大型動物が渡ってきた。縄文時代・旧石器時代・弥生時代は文化的な時代区分であり、気候現象の名称ではない。
問10○
縄文時代の食料の中心は、弓矢などによる狩猟、木の実などの採集、魚や貝をとる漁労だった。本格的な稲作は次の弥生時代から広まる。
問11ウ
打製石器は旧石器時代から使われ続け、縄文時代になっても磨製石器が加わって併用された。『打製→磨製に切り替わった』のではない点に注意。
問12相沢忠洋
相沢忠洋は群馬県の関東ローム層から打製石器を発見し、それまで存在しないとされていた日本の旧石器時代の存在を証明した。