中2社会|室町時代【Step 1b】
中2 社会|室町時代|Step 1b
この記事でわかること
- 勘合符(割り符)の有無で正式な貿易船と倭寇(海賊集団)を区別していた
- 北山文化=義満・金閣・豪華、東山文化=義政・銀閣・書院造と対比で整理すると混同しない
- 琉球王国は中継貿易で繁栄し、アイヌとの交易は和人の進出でコシャマインの戦いへ発展した
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
学習マップ
この単元の位置づけです。
【問い】金閣と銀閣、どう違う?
[POINT] 金閣が先(足利義満・北山文化)
銀閣が後(足利義政・東山文化)
金→銀で「豪華」から「簡素」へ変わった
和室のルーツは室町時代にある
あかりはおばあちゃんの家へ。畳・障子・床の間・掛け軸・お抹茶——「これぞ日本」の和室。
「このかたち、いつからあるんだろう?」
畳・障子・床の間・掛け軸からなる和室の原型は室町時代にさかのぼります。当時の文化と外交を確認していきましょう。
日明貿易(勘合貿易)と倭寇の違い
日明貿易(勘合貿易)
足利義満が明(中国)と行った正式な貿易
合言葉は「勘合符(かんごうふ)」=割り符
- 倭寇(わこう)=中国・朝鮮沿岸を襲う海賊集団(違法)
- 勘合貿易船(正式)=勘合を持つ船
- 明の要求:倭寇を取り締まれば貿易を許す
足利義満が明(中国)と行った正式な貿易を日明貿易(勘合貿易)といいます。当時、中国・朝鮮沿岸を荒らす海賊集団倭寇がいたため、正式な船を証明する勘合符(割り符)が導入されました。日本と明が半分ずつ持ち、港で照合して一致すれば正式な貿易船と認められます。
日本から輸出されたのは刀・銅・硫黄・漆器、明から輸入されたのは銅銭・生糸・絹織物・書物です。
確認問題①
【確認問題①】
日明貿易で使われた「勘合符」の役割として最も適切なものはどれか。
ア 貿易品にかける税を計算するための計算表
イ 正式な貿易船と倭寇を区別するために日本と明で半分ずつ持った割り符
ウ 船の乗組員の身分を示す証明書
エ 貿易船が積んでいる品物の種類と数量を記した積荷目録
日明貿易で使われた「勘合符」の役割として最も適切なものを選びなさい。 ア.貿易品にかける税を計算するための計算表 イ.正式な貿易船と倭寇を区別するために日本と明が半分ずつ持った割り符 ウ.船の乗組員の身分を示す証明書 エ.貿易船の積荷の種類と数量を記した目録
解答①
正解:イ
勘合符は日本と明が半分ずつ持つ割り符。港で照合し模様が一致すれば正式な貿易船と分かる仕組み。
勘合符は日本と明が半分ずつ持つ割り符で、港で照合して一致すれば正式な貿易船と証明できます。ア(税計算)・ウ(身分証明)・エ(積荷目録)はいずれも別の役割です。
足利義満と勘合貿易の始まり
足利義満(3代将軍)
明の皇帝の家来という「臣下の形」をとり、勘合貿易の許可・利益を得た
(国内の天皇の地位は変わらない、外交上の約束ごと)
室町幕府3代将軍足利義満は、明の皇帝に臣下の立場をとることで貿易の許可と利益を得ました。これは外交上の形式で、国内での天皇の地位に影響するものではありません。
確認問題②
【確認問題②】
明との間で勘合貿易を始めた室町幕府の第3代将軍の名前を漢字で答えなさい。
明との間で勘合貿易を始めた室町幕府の第3代将軍の名前を漢字で答えなさい。
解答②
正解:足利義満
明の皇帝に「臣下の形」をとり、勘合貿易を始めた室町幕府第3代将軍。
明の皇帝に臣下の立場をとり、勘合貿易を開始した室町幕府第3代将軍です。
琉球王国の中継貿易
琉球王国(りゅうきゅうおうこく)
15世紀前半、尚氏(しょうし)が三山を統一
都は首里(しゅり)、貿易港は那覇
- 中継貿易=日本・明・朝鮮・東南アジアを結ぶ貿易
- 那覇の港が交易の拠点
15世紀前半、尚氏が沖縄島の三勢力(三山)を統一して琉球王国を建国しました(都:首里、貿易港:那覇)。日本・明・朝鮮・東南アジアの品物を仲介する中継貿易で繁栄しました。
確認問題③
【確認問題③】
15世紀前半に尚氏が沖縄島を統一して建て、日本・明・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えた国を何というか。漢字で答えなさい。
15世紀前半に尚氏が沖縄島を統一して建て、日本・明・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えた国を漢字で答えなさい。
解答③
正解:琉球王国
尚氏が三山を統一して建てた国。那覇を拠点に日本・明・朝鮮・東南アジアを結ぶ中継貿易で栄えた。
尚氏が三山を統一し、那覇を拠点に各地を結ぶ中継貿易で栄えた国です。
アイヌ民族との交易とコシャマインの戦い
アイヌ民族
北海道などに古くから住む独自の言語・文化を持つ人々
本州の人々(和人)と交易を行った(アイヌ交易)
- 和人が蝦夷地(えぞち)に進出し、本州の十三湊(とさみなと)などを拠点に交易
- 交易をめぐる対立からコシャマインの戦い(15世紀半ば)が起こる
北海道などに独自の言語・文化を持つアイヌ民族と、本州から進出した和人との間で交易が行われました。和人は蝦夷地(現・北海道)に進出してサケ・昆布などを取引しましたが、その進出が対立を生み、15世紀半ばにコシャマインの戦いが起こりました。
確認問題④
【確認問題④】
15世紀の半ば、和人の進出に対して北海道南部で蜂起したアイヌの首長の名前をカタカナで答えなさい。
15世紀半ば、和人の進出に対して北海道南部で蜂起したアイヌの首長の名前をカタカナで答えなさい。
解答④
正解:コシャマイン
和人の進出に対し北海道南部で蜂起したアイヌの首長。15世紀半ばの出来事。
和人の進出に対して北海道南部で蜂起したアイヌの首長で、交易から対立へと関係が変化した背景も押さえておきましょう。
北山文化——金閣と能
北山文化(きたやまぶんか)
足利義満の時代(14世紀末〜15世紀初め)
金閣:公家×武家の融合、豪華・華やか
観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)が能を大成、狂言も広まる
足利義満(3代将軍)の時代(14世紀末〜15世紀初)に栄えた北山文化は、公家と武家の文化が融合した豪華な文化です。代表建築が金閣で、芸能では観阿弥・世阿弥の親子が能を大成し、狂言も普及しました。
東山文化——銀閣と書院造
東山文化(ひがしやまぶんか)
足利義政の時代(15世紀後半)
銀閣:簡素・落ち着き
- 書院造(しょいんづくり)=現代の和室の原型(床の間・違い棚・畳・障子)
- 水墨画(すいぼくが)=雪舟(せっしゅう)が大成
8代将軍足利義政の時代(15世紀後半)に栄えたのが東山文化です。代表建築は銀閣(簡素・落ち着いた雰囲気)。この時代に生まれた書院造——畳・障子・襖・床の間・違い棚・付書院——が現代の和室の原型です。また雪舟が水墨画を大成しました。
北山文化と東山文化の比較整理
整理のコツ:金閣が先、銀閣が後
金閣(北山文化・足利義満・3代)→ 銀閣(東山文化・足利義政・8代)
豪華 → 簡素へ
「金閣が先(北山文化・義満・3代・豪華)、銀閣が後(東山文化・義政・8代・簡素)」——この対比でセットで覚えましょう。北山文化のその他の要素は能・狂言、東山文化は書院造・水墨画(雪舟)です。
確認問題⑤
【確認問題⑤】
北山文化に関する説明として最も適切なものはどれか。
ア 足利義満の時代に栄え、公家の文化と武家の文化が融合した文化である。
イ 足利義政の時代に栄え、書院造や水墨画が発展した文化である。
ウ 聖武天皇の時代に栄え、東大寺の大仏に代表される文化である。
エ 藤原氏が政治の実権を握った時代に栄え、かな文字が発達した文化である。
北山文化に関する説明として最も適切なものを選びなさい。 ア.足利義満の時代に栄え、公家の文化と武家の文化が融合した文化である。 イ.足利義政の時代に栄え、書院造や水墨画が発展した文化である。 ウ.聖武天皇の時代に栄え、東大寺の大仏に代表される文化である。 エ.藤原氏が政治の実権を握った時代に栄え、かな文字が発達した文化である。
解答⑤
正解:ア
北山文化は足利義満の時代に栄え、公家の文化と武家の文化が融合した文化。
北山文化は義満の時代に栄えた公家と武家が融合した文化です。イは東山文化、ウは天平文化(奈良時代)、エは国風文化(平安時代)の説明で、時代・人物とセットで覚えましょう。
確認問題⑥
【確認問題⑥】
室町時代の文化について述べた次のア〜エの文のうち、内容が正しいものはどれか。
ア 銀閣は足利義満によって建てられ、北山文化を代表する建物である。
イ 書院造は東山文化を代表する建築様式で、現在の和室の原型となった。
ウ 観阿弥と世阿弥は、足利義政の保護のもとで水墨画を大成した。
エ 金閣は足利義政の時代に建てられ、東山文化を代表する建物である。
室町時代の文化について述べた文のうち、正しいものを選びなさい。 ア.銀閣は足利義満によって建てられ、北山文化を代表する建物である。 イ.書院造は東山文化を代表する建築様式で、現在の和室の原型となった。 ウ.観阿弥と世阿弥は、足利義政の保護のもとで水墨画を大成した。 エ.金閣は足利義政の時代に建てられ、東山文化を代表する建物である。
解答⑥
正解:イ
書院造は東山文化を代表する建築様式で、現在の和室の原型となった。
書院造は東山文化を代表する建築様式で、現在の和室の原型です。アとエは金閣・銀閣と義満・義政の入れ替え、ウは観阿弥・世阿弥が大成したのは「能」であり水墨画ではありません。
この記事のまとめ
まとめ
・日明貿易(勘合貿易)=義満が明と行った正式貿易。勘合符で倭寇と区別
・琉球王国=中継貿易でアジアを結ぶ/アイヌ民族との交易・コシャマインの戦い
・室町文化=北山文化(金閣・義満)→東山文化(銀閣・義政・書院造)
【自己点検】金閣と銀閣の違いを自分の言葉で言える?あやしい人は『金閣と銀閣の整理』に戻ろう
日明貿易(勘合貿易)は義満が明と行った正式な貿易で、勘合符が倭寇との区別に使われました。琉球王国は中継貿易でアジアを結び、北ではコシャマインの戦いも起きました。室町文化は北山文化(義満・金閣・豪華)→東山文化(義政・銀閣・書院造・簡素)の流れで覚えてください。
よくある質問
勘合貿易と倭寇の違いは何ですか?
勘合貿易は足利義満が明と行った公式の貿易で、勘合符(割り符)を持つ船のみ認められます。倭寇は中国・朝鮮沿岸を荒らす海賊集団で、勘合符を持たない非公式の存在です。
北山文化と東山文化の覚え方を教えてください。
「金閣が先・銀閣が後」で時代順を押さえ、金閣=北山文化・義満・豪華、銀閣=東山文化・義政・簡素とセットで整理しましょう。
書院造とはどんな建築様式ですか?
書院造は東山文化(足利義政の時代)を代表する建築様式で、畳・障子・床の間・違い棚・付書院を備えた現代の和室の原型です。
この単元の授業
- Step 1a(準備中)
- Step 1b(この記事)
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