中2社会|旧石器・縄文・弥生・古墳時代【Step 1a】
中2 社会|旧石器・縄文・弥生・古墳時代|Step 1a
この記事でわかること
- 旧石器・縄文の時代区分は土器と磨製石器の登場、定住生活の開始という変化で見分ける
- 群馬県の岩宿遺跡から打製石器が発見され、日本の旧石器時代の存在が初めて証明された
- 縄文時代は縄文土器・竪穴住居・貝塚の3キーワードで食生活と定住生活の変化を理解できる
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
学習マップ
この単元の位置づけです。
「旧石器と縄文の違いって何?」
テストで意外と混ざるよね。
【見分けカギは2つ】
① 石器の作り方(打ち欠く/磨く)
② 土器があるかどうか
→ これで時代が一瞬でわかる!
今日は旧石器・縄文の暮らしを見ていこう。
石器の見た目が違う理由
歴史博物館のガラスケース
【片方】石を割っただけのギザギザ
【もう片方】ツルツルに磨かれた形
どっちも『石器』なのに見た目が全然違う。
→ この違いの背後に、
当時の暮らしを知るヒントがある。
見た目の違いの裏には、時代をまたいだ暮らしの大きな変化が隠れています。文字のない時代でも、出土品から当時の生活を読み取ることができます。
旧石器時代の日本列島——大陸と陸続きだった時代
【旧石器時代の日本】
氷期: 海面が約120m低下
→ 大陸と陸続きに
→ ナウマンゾウなど大型動物が渡来
→ 人々も追って日本列島へ
★岩宿(いわじゅく)遺跡(群馬県)
打製石器が発見された
→日本にも旧石器時代があったと証明
**氷期**と呼ばれる寒冷な時期には、海面が約120メートル低下し、日本列島はユーラシア大陸と**陸続き**になっていました。この陸路を通って**ナウマンゾウ**や**オオツノジカ**などの大型動物が大陸から渡来し、それを追って人々も日本列島に移り住みました。これが日本に人が住みはじめた頃の流れです。
旧石器時代の重要な遺跡として、群馬県の**岩宿遺跡**があります。ここから**打製石器**が発見されたことで、「日本にも旧石器時代があった」と初めて証明されました。「岩宿遺跡=群馬県=旧石器時代」の3点をセットで覚えましょう。
打製石器と磨製石器——漢字が作り方を教えてくれる
【一発で覚えるコツ】
打製→「打」つ→ギザギザ
磨製→「磨」く→ツルツル
字を見れば想像できる!
★落とし穴★
縄文時代も打製は使い続けた
→「磨製に変わった」はNG
「磨製も加わった」が正しい
**打製石器**は石を「打ち欠いて」作ったギザギザの刃で、旧石器時代から狩りに使われました。**磨製石器**は石を「磨いて」形を整えたツルツルの道具で、縄文時代以降に登場し用途が大きく広がりました。重要なのは、縄文時代になっても打製石器は使われ続けたという点です。「磨製に切り替わった」ではなく、「磨製も加わって両方を併用した」が正確な理解です。
縄文時代の暮らし——土器・竪穴住居・定住生活
【縄文時代のキーワード】
① 縄文土器…縄目の文様
→火にかけて煮炊きができる!
② 竪穴(たてあな)住居
→定住生活のスタート
③ 狩猟・採集・漁労で食料を得る
(本格的な稲作はまだ→次回の弥生)
1つ目は**縄文土器**の登場です。表面の縄目模様が時代名の由来で、煮炊きが可能になり食生活が大きく広がりました。2つ目は**竪穴住居**の普及で、地面を浅く掘って柱を立てた家で一か所に住み続ける**定住生活**が始まりました。3つ目は食料の確保方法で、**狩猟・採集・漁労**(動物を狩る・木の実を集める・魚を獲る)が中心でした。なお、本格的な稲作が始まるのは次の弥生時代です。
貝塚——「ゴミの山」が語る縄文の暮らし
【貝塚(かいづか)】
貝殻・動物の骨・道具が積もった場所
→ 当時の人が捨てたゴミの山
★大森貝塚(東京都)
モース(アメリカ人)が発見
=代表的な貝塚
**貝塚**とは、縄文時代の人々が食べた貝殻・動物の骨・壊れた道具などを捨てた場所が積み重なったものです。発掘すると食生活や自然環境まで読み取れる、考古学的に非常に価値の高い遺跡です。代表的なのが東京都の**大森貝塚**で、アメリカ人動物学者の**エドワード・モース**が明治時代に発見しました。「モース=大森貝塚」はセットで押さえましょう。
よくある勘違い3選
| × ありがちな誤解 | ○ 正しい理解 |
|---|---|
| 縄文時代は磨製石器だけ | 打製も併用して使われ続けた |
| 旧石器→縄文は年号で区切る | 気候の変化・土器・磨製・定住の登場で区切る |
| 貝塚=お墓 | 貝殻や骨を捨てた場所(ゴミの山に近い) |
①「縄文時代は磨製石器だけ使った」→誤り。打製石器も引き続き使われました。②「旧石器と縄文は年号で区切れる」→誤り。土器・磨製石器の登場や定住の開始といった暮らしの変化で区分します。③「貝塚はお墓」→誤り。貝塚は食べた後の貝殻や骨を捨てた場所であり、お墓ではありません。
確認問題①
【問1】
石を打ち欠いて鋭い刃をつけ、
旧石器時代の人々が動物の狩りなどに
使った石器を何といいますか。
漢字で答えなさい。
- ヒント: 作り方がそのまま名前になっている
- 考えてみよう(2〜3秒)
【正解】**打製石器**。「打」の字が作り方を示しており、縄文時代も引き続き使われた点も押さえておきましょう。
確認問題②
【問2】
日本にも旧石器時代があったことを
証明するきっかけとなった、
群馬県で発見された遺跡はどれ?
- ア: 大森貝塚
- イ: 岩宿遺跡
- ウ: 三内丸山遺跡
- エ: 登呂遺跡
【正解】イ:**岩宿遺跡**。関東ローム層から打製石器が発見され、日本の旧石器時代が初めて証明された大発見です。
確認問題③
【問3】
縄文時代の人々は、地面を浅く掘り、
柱を立てて屋根をかけた住居に住んでいた。
この住居を何といいますか。
漢字で答えなさい。
- ヒント: 『地面を掘った住居』を漢字で
- 考えてみよう(2〜3秒)
【正解】**竪穴住居**。「竪」は「縦」と同じ意味で、縄文時代の定住生活を象徴する住居です。
確認問題④(○×)
【問4】○か×で答えなさい。
貝塚は、縄文時代の人々が食べた
貝の殻や動物の骨などを捨てた場所で、
当時の食生活や暮らしの様子を
知る手がかりとなる遺跡である。
- ○か×か
- 考えてみよう(2〜3秒)
【正解】○。貝塚はゴミ捨て場に近い場所ですが、食生活や自然環境まで推測できる考古学的に重要な遺跡です。
確認問題⑤(○×)
【問5】○か×で答えなさい。
氷期の日本列島は、海面が低下して
ユーラシア大陸と陸続きになっていた
時期があり、ナウマンゾウなどの
大型動物が大陸から渡ってきた。
- ○か×か
- 考えてみよう(2〜3秒)
【正解】○。氷期には海面が約120メートル低下して陸続きとなり、大型動物と人々が大陸から渡来しました。
確認問題⑥
【問6】
次の石器の特徴と種類を
線で結びなさい。
| 特徴 | 種類 |
|---|---|
| 石を打ち欠いて作る | ? |
| 石を磨いて作る | ? |
【正解】打ち欠く→**打製石器**、磨く→**磨製石器**。漢字の「打」「磨」がそれぞれの作り方を示しています。
まとめ——旧石器・縄文時代のポイント整理
【今日の核心】
①旧石器時代…氷期・陸続き・打製石器
代表遺跡=岩宿遺跡(群馬県)
②縄文時代…磨製石器も加わる
縄文土器・竪穴住居・貝塚
→狩猟採集漁労の定住生活
【自己チェック】
「打製と磨製の違いは?」
「貝塚から何がわかる?」
自分の言葉で言えればOK!
- 氷期→陸続き→人と動物が渡来
- 岩宿遺跡=日本の旧石器時代を証明
- 打製↔磨製は『作り方』で区別
- 貝塚=当時の食生活・環境がわかる手がかり
**旧石器時代**:氷期に大陸と陸続きとなった日本列島に、大型動物を追って人々が渡来。**打製石器**を使用し、代表遺跡は群馬県の**岩宿遺跡**です。**縄文時代**:**磨製石器**も加わり、**縄文土器**・**竪穴住居**・**貝塚**がキーワード。**狩猟・採集・漁労**による定住生活が始まりました。「氷期→陸続き→動物と人の渡来」という因果の流れは記述問題で問われやすいため、しっかり押さえておきましょう。
よくある質問
旧石器時代と縄文時代はどうやって見分ければよいですか?
磨製石器と土器の有無が判断の鍵です。打製石器のみで土器がない時代が旧石器時代、磨製石器と縄文土器が加わり定住生活が始まるのが縄文時代です。
打製石器は縄文時代には使われなくなったのですか?
いいえ、縄文時代になっても打製石器は引き続き使われました。縄文時代は磨製石器が「加わった」時代であり、打製石器が消えたわけではありません。
貝塚はなぜ考古学的に重要なのですか?
貝塚に残された貝殻や動物の骨から、縄文時代の食生活だけでなく当時の自然環境や海岸線まで推測できるためです。文字のない時代の暮らしを伝える貴重な手がかりとなっています。
この単元の授業
- Step 1a(この記事)
- Step 1b


