大正時代の社会運動・普通選挙法・治安維持法・大衆文化をやさしく解説
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
この記事でわかること
- 労働者・農民・部落差別に苦しんできた人々・女性が、それぞれどんな団体をつくり、何を求めたか
- 1925 年の普通選挙法で、だれが選挙権を持ち、だれが持てなかったか
- 同じ 1925 年にできた治安維持法が何を取りしまったか、大正の文化がだれに広がったか
大正時代の後半は、人々が声を上げ始めた時代
この記事では、大正時代(1912〜1926 年)の後半、1920 年代の前半ごろの日本の社会を見ていきます。
その前のできごとを少しふり返っておきましょう。第一次世界大戦のころ、日本は景気が良くなりました(大戦景気)。ところが、物の値段が上がるのに賃金(働いてもらうお金)が追いつかず、多くの人の暮らしは苦しくなります。1918 年には米騒動が全国に広がり、民衆の行動がきっかけで内閣が退陣しました。
そのあと、差別や貧しさに苦しんできた人々が、自分たちの力で声を上げ始めます。この記事を読み終わるころには、次のことが言えるようになります。
- 声を上げた人々の団体と、その団体が求めたことを結べる
- 普通選挙法(満25歳以上の男子)で、だれが選挙権を持ったか言える
- 治安維持法が何を取りしまったか言える
- 大正の文化がだれに広がったか言える
声を上げた人々① 労働者と農民
これから団体の名前がいくつか出てきます。似た名前が続くので、名前だけを覚えようとすると、どれが何だったか入れかわりやすいところです。
そこで、次の順に見ていきます。
だれが → 何に困って → 何を求めたか → 団体
団体の名前は、最後にくっつけるだけで大丈夫です。
労働者
大戦景気で工場が増え、工場で働く人も増えました。けれど、物の値段は上がるのに、賃金が追いつきません。
そこで労働者は、賃金を上げることや、働く時間などの労働条件を良くすることを求めて、会社と争いました。これを労働争議といいます。
- 1920 年:日本で初めてのメーデーが開かれる(メーデーは、労働者が集まって要求をうったえる行事)
- 1921 年:労働組合の全国的な団体として、日本労働総同盟ができる
農民(小作人)
自分の土地を持たず、地主から土地を借りて耕す農民を、小作人といいます。小作人は、借りた土地の借り賃として、小作料を地主に納めていました。この小作料が重かったのです。
そこで小作人は、小作料を下げてほしいと求めて地主と争いました。これを小作争議といいます。
- 1922 年:日本農民組合ができる
次の図の上の段は、工場で働く労働者です。「物の値段」の矢印のほうが「賃金」の矢印より長く、賃金が追いついていないことを表しています。下の段は小作人と地主の家で、小作人から地主へ「小作料」が納められています。
声を上げた人々② 部落差別をなくす
3 つ目は、部落差別に苦しんできた人々です。
江戸時代には、身分によって厳しく差別された人々がいました。明治になって、1871 年にその身分の呼び名は廃止されます。けれど、結婚や仕事、住む所などでの差別は、そのあとも続きました。呼び名がなくなっても、差別そのものはなくならなかったのです。
1922 年、差別を受けてきた人々は、自分たちの力で差別をなくそうと、全国水平社をつくりました。「水平」は、平らで上下がない、つまり「人はみな平等だ」という願いをこめた名前です。
全国水平社の宣言は、次の言葉で結ばれています。
「人の世に熱あれ、人間に光あれ」
北海道などにくらすアイヌの人々の間でも、差別からの解放を求める動きが起こりました。
声を上げた人々③ 女性
4 つ目は女性です。当時の女性は、政治の集会に参加することさえ、法律で禁じられていました。投票どころか、集まって政治の話を聞くこともできなかったのです。
- 1911 年(明治の終わり):平塚らいてうが青鞜社をつくり、女性の解放をうったえる
- 1920 年:平塚らいてうや市川房枝らが新婦人協会をつくり、女性の政治活動の自由と、女性の地位の向上を求める
- 1922 年:運動の結果、女性も政治の集会に参加できるようになる
入れかわりやすい 2 つの団体は、名前の中の手がかりで見分ける
テストでは、全国水平社と新婦人協会の目的が入れかわりやすいです。名前の中の手がかりを使いましょう。
- 全国水平社 =「水平」=平等 → 部落差別をなくす
- 新婦人協会 =「婦人」=女性 → 女性の地位の向上
4 つの団体と、求めたことを結んでみよう(問1)
これで 4 つの団体がそろいました。団体と求めたことを自分で結べるか、確かめてみましょう。下の答えを見る前に、まず自分で考えてみてください。
問1
左の団体と、右のその団体が求めたことを、線で結びましょう。
答え A-イ、B-ウ、C-エ、D-ア
A 全国水平社:部落差別に苦しんできた人々が、自分たちでつくった
B 日本農民組合:小作料=地主から借りた土地の借り賃
C 新婦人協会:1922 年、女性が政治の集会に参加できるように
D 日本労働総同盟:労働者の労働組合
【注意】メーデーは労働者の行事の名前。団体の名前ではない
1 つずつ確かめます。
- A 全国水平社 → イ(部落差別をなくすこと):部落差別に苦しんできた人々が、自分たちの手で差別をなくそうとつくった団体です。だれかに助けてもらうのを待つのではなく、自分たちで声を上げた。そこに大きな意味があります。
- B 日本農民組合 → ウ(小作料を下げること):小作人などの農民の団体です。小作料は、地主から借りた土地の借り賃でした。
- C 新婦人協会 → エ(女性の政治活動の自由と地位の向上):平塚らいてうや市川房枝らがつくった女性の団体です。運動の結果、1922 年に、女性も政治の集会に参加できるようになりました。
- D 日本労働総同盟 → ア(賃金や労働条件の改善):労働者の労働組合です。
A と C を入れかえてしまった人は多いと思います。どちらも「差別や不平等をなくしたい」という運動なので、迷うのは無理もありません。「婦人」は女性、「水平」は平等、という名前の手がかりを思い出しましょう。
注意:メーデーは労働者の行事の名前で、団体の名前ではありません。団体の名前を聞かれたときに、メーデーと書かないようにしましょう。
関東大震災(1923 年)
ここで、1923 年に起きた大きな災害のことを書いておきます。
1923 年 9 月 1 日、関東地方を大きな地震がおそいました。関東大震災です。東京や横浜を中心に、建物がたおれ、大きな火事が起きました。死者・行方不明者は、約 10 万 5000 人にのぼっています。
この混乱の中で、根拠のないうわさが広がりました。こうしたうわさを流言といいます。うわさを信じた人々がつくった自警団や、軍隊・警察によって、多くの朝鮮人や中国人、社会主義者などが殺されました。
うわさをうのみにすると、何の罪もない人の命がうばわれることがある。このことを、事実として知っておいてください。
普通選挙法(1925 年)
次は選挙の話です。今の日本では、満18歳になると選挙で投票できます。では大正時代は、どんな人が投票できたのでしょうか。
選挙権の移り変わり
- 1890 年(明治の最初の選挙):直接国税を 15 円以上納める、満25歳以上の男子
- 1919 年(原敬の内閣のとき):直接国税を 3 円以上納める、満25歳以上の男子
納める税金の額は下がりましたが、まだ税金の条件が残っています。税金をあまり納めていない人は投票できません。
そこで、次のような選挙を求める声が強まっていきました。
普通選挙=納めた税金の額で、選挙権を決めない選挙
第二次護憲運動から普通選挙法へ
1924 年、政党の人々が、もう一度「憲政を守れ」と運動を起こします。これが第二次護憲運動です。(第一次護憲運動は、1913 年に、議員と民衆が藩閥の桂太郎の内閣をたおした運動でした。)
第二次護憲運動の結果、加藤高明の内閣ができました。そして 1925 年に、満25歳以上の男子に選挙権を与える普通選挙法が成立します。
1925 年の選挙権の条件は、年齢は満25歳以上、性別は男子です。
では、税金の条件はどうなったのでしょう。それから、この法律でも選挙権を持てなかったのは、どんな人でしょうか。「普通」選挙という名前をヒントに、次の問2で考えてみましょう。
普通選挙法で変わったこと・変わらなかったこと(問2)
問2 表を見て答えましょう。
(1) 1925 年の「納めた税金」の欄に入る内容を書きましょう。
(2) 1925 年の法律でも、まだ選挙権を持てなかったのはどんな人ですか。
答え (1) 条件なし (2) 女性と、満25歳未満の人
税金の条件がなくなり、有権者は約 4 倍に増えた
「普通」=税金で区別しない、という意味
(だれでも、という意味ではない)
【注意】普通選挙法は、いつも「満25歳以上の男子」とセットで覚える
(1) 条件なし
いくら納めていても、まったく納めていなくても、税金は選挙権に関係なくなりました。これが普通選挙の意味です。税金の条件がなくなったので、有権者(選挙権を持つ人)はそれまでの約 4 倍に増えました。
(2) 女性と、満25歳未満の人
表の「性別」の欄を見ると、1925 年も「男子」のままです。女性には選挙権がありません。年齢の欄も「満25歳以上」のままなので、満25歳未満の人も選挙権を持てません。
「普通」は「だれでも」という意味ではない
「普通選挙なら、みんな投票できるはず」と考えた人もいると思います。その感じ方は自然です。「普通」という言葉は、今の感覚で読むとかなり誤解しやすい名前なのです。
ここでの「普通」は、税金で区別しないという意味です。「だれでも」という意味ではありません。新婦人協会の女性たちが求めた政治への参加は、この法律でも、選挙権までは届かなかったのです。
「女性」だけ書いて「満25歳未満の人」を落とした人は、年齢の欄も見るくせをつけましょう。
まとめ:1925 年の選挙権(普通選挙法)
- 年齢:満25歳以上
- 性別:男子
- 納めた税金:条件なし(多くても少なくても、納めていなくてもよい)
- 女性:選挙権なし
- 満25歳未満の人:選挙権なし
注意:普通選挙法は、いつも「満25歳以上の男子」とセットで覚えましょう。
治安維持法(1925 年)
選挙権が広がったのと同じ 1925 年に、もう一つ大事な法律ができています。治安維持法です。選挙権を広げる法律と、取りしまる法律が、同じ年にできた。ここはセットで押さえておきましょう。
背景:ロシア革命と社会主義
何を取りしまったのかを知るために、少し前の世界に戻ります。
- 1917 年:ロシア革命が起き、レーニンの指導で、世界で初めての社会主義の政府ができる
- 社会主義:土地や工場を、個人のものではなく、社会全体のものにしようとする考え
- 社会主義や共産主義と呼ばれるこうした考えが日本にも伝わる
- 1922 年:日本共産党がひそかにつくられる
治安維持法とは
治安維持法=国のしくみ(国体)を変えようとしたり、私有財産の制度を否定したりする団体を取りしまる法律
- 国体:天皇を中心とする国のしくみ
- 私有財産:土地・工場・お金などを、個人が自分のものとして持つこと
この法律は、のちに取りしまりがもっと厳しくなっていきます。
治安維持法は何を取りしまったか(問3)
問3
1925 年に定められた治安維持法は、主に何を取りしまる法律でしたか。1 つ選びましょう。
ア 米の買い占め
イ 外国との貿易
ウ 共産主義などの運動
エ 女性の政治活動
答え ウ(共産主義などの運動)
私有財産の制度を否定する = 社会主義・共産主義の考え
1917 年 ロシア革命 → 1922 年 日本共産党 → 政府が警戒
【注意】
ア 米の買い占め → 1918 年の米騒動の原因。治安維持法とは別
エ 女性の政治活動 → 1922 年に、集会への参加が認められた
答えはウ(共産主義などの運動)です。
治安維持法が取りしまったのは、私有財産の制度を否定する団体でした。私有財産を否定するというのは、土地や工場を個人のものではなく、社会全体のものにしようとすること。これは社会主義や共産主義の考えです。
ロシア革命で社会主義の政府ができ、その考えが日本にも伝わって、1922 年には日本共産党がひそかにつくられました。政府は、こうした運動が広がることを警戒したのです。
ほかの選択肢も確かめておきます。
- ア 米の買い占め:1918 年の米騒動の原因です。「取りしまり」と聞いて、騒ぎをおさえる話を思い出したのかもしれません。つなげて考えようとしたのは悪くありませんが、治安維持法とは関係ありません。
- イ 外国との貿易:関係ありません。
- エ 女性の政治活動:1922 年に、女性も政治の集会に参加できるようになった、という話でした。
大正の文化は「大衆」に広がった
ラジオや新聞、雑誌は、今の私たちにはあたりまえにある物です。これらが多くの人のものになったのが、大正時代です。
キーワードは大衆です。
大衆=ふつうの多くの人々
大正の文化は、大衆に広がりました。これを大衆文化といいます。
- 教育:中学校・高等女学校・大学などに進む人が増える
- 新聞・雑誌:字を読み、ものを知りたいと思う人が増え、新聞や雑誌が多くの人に読まれる
- ラジオ:1925 年にラジオ放送が始まる
- 都市:会社に勤めるサラリーマンや、バスガール・電話交換手など外で働く女性が増える
- 文学:芥川龍之介・志賀直哉が活躍する
注意:れんが造りの建物やガス灯は、明治の文明開化のころの話です。大正の文化と混ぜないようにしましょう。
大正の文化や社会の様子(問4)
問4
大正時代の文化や社会の様子として、誤っているものを 1 つ選びましょう。
ア 1925 年にラジオ放送が始まった。
イ 新聞や雑誌が多くの人に読まれた。
ウ 都市で、サラリーマンや、バスガール・電話交換手などの働く女性が増えた。
エ 文化を楽しむのは、主に一部の貴族や大金持ちに限られていた。
答え エ
ア・イ・ウ → 正しい
エ → 大正の文化は「大衆」=ふつうの多くの人々に広がった
【覚える】1925 年にあったこと
普通選挙法(満25歳以上の男子)・治安維持法・ラジオ放送の開始
答えはエです。この問いは、誤っているものを選ぶ問いでした。正しいものを選んでしまった人は、問いの最後までもう一度読んでみてください。
- ア:正しい。1925 年にラジオ放送が始まりました。
- イ:正しい。教育が広がり、新聞や雑誌を読む人が増えました。
- ウ:正しい。都市では、サラリーマンや、外で働く女性が増えました。
- エ:誤り。大正の様子とは反対です。大正の文化は「大衆」、つまりふつうの多くの人々に広がりました。新聞・雑誌・ラジオで、ニュースや音楽が多くの家庭に届くようになり、文化を楽しむ人は一部の人に限られなくなりました。
1925 年にあったことは 3 つまとめて覚える
- 普通選挙法(満25歳以上の男子)
- 治安維持法
- ラジオ放送の開始
まとめ
- 労働者は賃金や労働条件の改善を求めて日本労働総同盟、農民は小作料を下げることを求めて日本農民組合をつくった
- 部落差別に苦しんできた人々は差別をなくそうと全国水平社を、女性たちは地位の向上を求めて新婦人協会をつくった。どれも、自分たちの力で声を上げた運動
- 1925 年の普通選挙法で税金の条件がなくなり、満25歳以上の男子が選挙権を持った。女性と満25歳未満の人は、まだ選挙権を持てなかった
- 同じ年の治安維持法で、共産主義などの運動を取りしまった
- 新聞・雑誌・ラジオなどで、文化が大衆(ふつうの多くの人々)に広がった
- 関東大震災のとき、うわさから朝鮮人・中国人などが殺された。何の罪もない人々の命がうばわれたことを忘れない
最後に、上の「1925 年の選挙権」のまとめを見ながら、「普通選挙法は、だれに選挙権を与えたか」を自分の言葉で言ってみてください。言えたら、この回の大事なところはつかめています。
よくある質問
Q. 「普通選挙」なのに、どうして女性は投票できなかったのですか?
A. ここでの「普通」は、「納めた税金の額で選挙権を決めない」という意味だからです。「だれでも」という意味ではありません。1925 年の普通選挙法で選挙権を持ったのは、満25歳以上の男子だけです。女性と満25歳未満の人は、選挙権を持てませんでした。
Q. 全国水平社と新婦人協会が、どちらが何の団体か分からなくなります。
A. 名前の中の手がかりを使いましょう。全国水平社の「水平」は平等の意味で、部落差別をなくすことを求めた団体です。新婦人協会の「婦人」は女性の意味で、女性の政治活動の自由と地位の向上を求めた団体です。
Q. メーデーは、労働者の団体の名前ですか?
A. いいえ。メーデーは、労働者が集まって要求をうったえる行事の名前です。日本で初めてのメーデーは 1920 年に開かれました。労働者の団体(労働組合)の名前は、1921 年にできた日本労働総同盟です。
このシリーズについて
この記事は、シリーズの「基礎」の回です。このシリーズには「基礎」「入試基礎」「入試応用」の 3 段があります。続きの回も、順番に公開していきます。
解答・解説つきの演習プリント(別ページ)
この単元の授業
- STEP 1-1(準備中)
- STEP 1-2(準備中)
- STEP 1-3(準備中)
- STEP 1-4(この記事)
- STEP 2-1(準備中)
- STEP 2-2(準備中)
- STEP 3(準備中)




