大正時代の並べ替えと記述のコツ|「3つの箱」と、指定された語を使う書き方(入試の基礎①)
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
この記事でわかること
- 年号を全部覚えていなくても、大正の出来事を古い順に並べる方法(大戦の前・中・後の「3つの箱」)
- 「〇〇と〇〇の2つの語を使って」と言われる記述で、文がつながる書き方の手順
- 原敬と加藤高明、どちらが何をした人か(普通選挙法はどちらの内閣か)
この記事は、どんな人向け?
大正時代の入試の基礎の1回目です。公立高校の入試によく出る基本の問題から、次の2つを練習します。
- 出来事の並べ替え
- 指定された語を使って、短い文で答える記述
学校のテストでも、そのまま使える考え方です。
米騒動、原敬、満25歳以上の男子に選挙権を認めた普通選挙法。この中に「聞いたことないかも」という言葉があったら、先に大正時代の基礎の回(1a〜1d)で確かめておくと読みやすくなります。基礎の回を見てからここに戻ってきても、まったくおそくありません。
この回のプリントは、ページのいちばん下から開けます。問いを自分で解きたい人は、そこに書きこみながら読み進めてください。
並べ替えは「3つの箱」で考える
並べ替えの問題は、年号を全部覚えていないと無理だと思っていませんか。
大正は短い期間に出来事がぎっしりつまっていて、並べ替えがややこしい時代です。でも、大正の出来事のほとんどは、第一次世界大戦とつながっています。大戦は1914年に始まり、1918年の秋に終わりました。
そこで、出来事を次の3つの箱に分けます。教科書には出てこない整理のしかたですが、これだけで並べ替えがずっと楽になります。
- 大戦前(〜1914年)
- 大戦中(1914〜18年)
- 大戦後(1919年〜)
並べるときの決まりは2つです。
【決まり】
① 出来事を、大戦の前・中・後の箱に分ける
② 箱の中は「何の後に起きたか」を、理由で並べる
箱の中は「理由」で順番を決める
例えば、ロシア革命(1917年)とシベリア出兵(1918年)。シベリア出兵は、ロシア革命でできた社会主義の政府に干渉するために、日本やアメリカなどが軍を送ったものでした。革命がなければ出兵もありません。だから、ロシア革命が先で、シベリア出兵が後です。年号を忘れても、理由から順番が決まります。
大戦後の箱でも同じです。パリ講和会議(1919年)で国際連盟をつくることが決まり、そのあとで国際連盟(1920年)ができました。決めた会議が先、できた組織が後です。
上の図では、大戦中の箱に「ロシア革命 → シベリア出兵」、大戦後の箱に「パリ講和会議 → 国際連盟」が、矢印でつないで入っています。
箱に入れにくい物は、年と一緒に覚える
ただし、箱に入れにくい物もあります。吉野作造が民本主義を説いたのは、大戦中の1916年です。でも、戦争とは理由でつながっていません。箱を思い出しても手がかりにならないので、こういう物は年と一緒に覚えておきましょう。
問1 出来事を古い順に並べる
では、3つの箱を使って並べ替えをしてみます。
問1 次の出来事を、古い順に並べましょう。
ア 米騒動
イ 三・一独立運動
ウ 桂太郎内閣が護憲運動でたおれる
エ 普通選挙法(満25歳以上の男子)の成立
オ 二十一か条の要求
まず3つの箱に分けて、それから箱の中を理由で並べます。自分で考えたい人は、下の答えを読む前に少し考えてみてください。
答え ウ → オ → ア → イ → エ
大戦前:ウ 護憲運動で桂内閣がたおれる(1913年)
大戦中:オ 二十一か条の要求(1915年)→ ア 米騒動(1918年の夏)
大戦後:イ 三・一独立運動(1919年)→ エ 普通選挙法(満25歳以上の男子・1925年)
【注意】
米騒動は大戦中の箱
米騒動は1918年の夏、大戦の終わりは1918年の秋
【覚える】3つの箱
大戦前(〜1914年):第一次護憲運動
大戦中(1914〜18年):二十一か条の要求 → ロシア革命 → シベリア出兵・米騒動 → 原敬内閣
大戦後(1919年〜):パリ講和会議・三・一独立運動・五・四運動 → 国際連盟 → ワシントン会議 → 関東大震災 → 普通選挙法(満25歳以上の男子)・治安維持法
年で覚える:民本主義(1916年)
ステップ1:箱に分ける
- ウ 護憲運動で桂太郎内閣がたおれたのは1913年です。藩閥の桂太郎が首相になったことに、議員と民衆が「憲法にもとづく政治を守れ」と反対した運動でした。大戦が始まる前なので、大戦前の箱です。
- オの二十一か条の要求と、アの米騒動は、大戦中の箱です。
- イの三・一独立運動と、エの普通選挙法は、大戦後の箱です。
ステップ2:箱の中を理由で並べる
大戦中の箱(オ → ア)
- オ 二十一か条の要求:山東省でドイツが持っていた権利をゆずることなどを、日本が中国に求めたものです。ヨーロッパの国々が戦争をしていて、アジアに手を回せないすきに出しました。だから、戦争の前半の1915年です。
- ア 米騒動:シベリア出兵を見こした米の買い占めがきっかけでした。シベリア出兵は、さっき見たとおりロシア革命の後で、1918年です。
なので、オが先でアが後です。
大戦後の箱(イ → エ)
- イ 三・一独立運動:朝鮮の人々が日本からの独立を求めた運動です。パリ講和会議と同じ1919年で、戦争が終わってすぐ、民族自決の考えが広まったころでした。
- エ 普通選挙法:満25歳以上の男子に選挙権を認めた法律で、1925年です。
なので、イが先でエが後です。
図では、大戦前の箱にウ、大戦中の箱にオ→ア、大戦後の箱にイ→エが入っています。
いちばん間違えやすいのは「米騒動」
アの米騒動を、大戦後の箱に入れてしまう人がとても多いです。「戦争が終わって、混乱の中で騒動が起きた」と考えたなら、その筋道自体は自然です。
でも、時期が少しだけずれています。米騒動は1918年の夏、大戦が終わったのは同じ1918年の秋です。戦争がまだ続いているうちに起きたので、米騒動は大戦中の箱に入ります。
米騒動のあとにできた原敬の内閣も同じ1918年なので、大戦中の箱です。
3つの箱のまとめ(覚える)
ここまでに出てきた出来事を、3つの箱にまとめます。見返すときに使ってください。
- 大戦前(〜1914年):第一次護憲運動
- 大戦中(1914〜18年):二十一か条の要求 → ロシア革命 → シベリア出兵・米騒動 → 原敬内閣
- 大戦後(1919年〜):パリ講和会議・三・一独立運動・五・四運動 → 国際連盟 → ワシントン会議 → 関東大震災 → 普通選挙法(満25歳以上の男子)・治安維持法
- 年で覚える:民本主義(1916年)
指定された語を使う記述の書き方
次は記述です。語を指定された記述では、「語は全部使ったのに、文がつながらない」ということがよく起きます。たいていの原因は、語をどこに置くかを決めないまま書き始めたことです。
「原因」と「結果」
まず、言葉を2つ確かめておきます。
- 原因=ある事を引き起こした事
- 結果=それによって起きた事
指定された語が2つあるときは、書く前に「どちらが、もう一方を引き起こしたか」を考えます。引き起こした方が原因、起きた方が結果です。
例:台風と大雨
試合が中止になった理由を、「台風」「大雨」の2つの語を使って書きなさい。
台風が近づいたので、大雨が降りました。台風が大雨を引き起こしたので、原因が台風、結果が大雨です。
では、問われている「試合の中止」はどこでしょう。台風でも大雨でもありません。大雨が降った、そのさらに先で起きた事です。
図は「台風が近づく(原因)」→「大雨が降る(結果)」→「試合が中止になる(問われた事)」と、左から右へ矢印でつながっています。
このように、問われた出来事が「結果」の側に来るとは限りません。問われた出来事を結果だと思いこむと、台風も大雨も原因の側に置いてしまい、2つの語のつながりが書けなくなります。
書くと、こうなります。
台風が近づいて大雨が降ったため、試合ができなくなったから。
文の終わりは、聞かれ方に合わせる
「なぜ」と聞かれたら「〜から」で終えます。上の例も「〜から。」で終わっています。
ここまでで、記述の手順は2つです。
- 2つの語は、どちらがもう一方を引き起こしたかで、「原因」と「結果」に置き分ける
- 文の終わりを、聞かれ方に合わせる(「なぜ」→「〜から」)
問2 米騒動が起こった理由を書く
問2 1918年に米騒動が起こった理由を、「シベリア出兵」「米の値段」の2つの語を使って書きましょう。
2つの語のどちらがもう一方を引き起こしたかを考えて、原因と結果に置き分けてから書いてみましょう。
答え(例)
シベリア出兵を見こした商人が米を買い占めたため、米の値段が急に上がり、人々の生活が苦しくなったから。
採点のポイント
① 原因:シベリア出兵 → 結果:米の値段が上がる → その先:米騒動
② 「見こした」「買い占めた」を入れる
③ 「人々の生活が苦しくなった」まで書く
【注意】
×「兵が米を食べて、米が足りなくなった」
○「出兵を見こした商人が、米を買い占めた」
加点:物価の上昇に、賃金の上がり方が追いつかなかった
(この問いは、書かなくても満点)
ポイントは3つあります。
図は「シベリア出兵を見こす」→「商人が米を買い占める」→「米の値段が急に上がる」→「人々の生活が苦しくなる」→「米騒動(富山県から全国へ)」と、5つの箱が矢印でつながっています。
ポイント1:2つの語の置き場所
シベリア出兵は、ロシア革命に干渉するために、日本などがシベリアに軍を送ったものでした。その出兵を見こした買い占めで、米の値段が上がりました。出兵が値段の上昇を引き起こしたので、原因がシベリア出兵、結果が米の値段の上昇です。
では、問われている米騒動はどこでしょう。2つの語のどちらでもありません。米の値段が上がった、そのさらに先で起きた事です。台風の例で、試合の中止が大雨の先にあったのと同じ形です。
米騒動を結果だと思って、シベリア出兵と米の値段を両方とも原因の側に置いた人もいるかもしれません。「どちらも米騒動の原因だ」というところまでは合っています。ただ、2つの語どうしのつながりを見落としていました。米騒動へのつなぎ方は、ポイント3で説明します。
ポイント2:「見こした」「買い占めた」を入れる
×「兵が米を食べて、米が足りなくなった」
○「出兵を見こした商人が、米を買い占めた」
兵隊が米を食べる、というのはとても自然な連想です。でも実際は、出兵が始まる前から、軍がたくさん米を使うだろうと商人が見こして、米を買い占めたのです。この2つの言葉があると、出兵と値段がきちんとつながります。
ポイント3:「人々の生活が苦しくなった」まで書く
「米の値段が上がった」で止めると、なぜ騒動になったのかがまだ書けていません。米は毎日食べる物なので、値段が急に上がると暮らしていけなくなります。そこで富山県の女性たちが米の安売りを求めて立ち上がり、それが全国に広がりました。
聞かれているのは米騒動の理由なので、騒動につながる所まで書き切りましょう。これが3つめの手順です。
- 問われた出来事につながる所まで書く(指定された語の先に来ることもある)
加点になること
「物価の上昇に、賃金の上がり方が追いつかなかった」という点もあります。大戦景気で物の値段が上がっていたのに、多くの人の賃金はそれほど上がらなかった、という背景です。
この問いは、指定された2つの語をつなぐだけで、米騒動の理由を最後まで書き切れます。だから、この点は書かなくても満点で、書けていれば加点になります。入試の応用の回では、同じ米騒動を別の聞かれ方で扱います。聞かれ方が変われば、点の付け方も変わることがあります。
問3 「本格的な政党内閣」と呼ばれる理由を書く
問3 原敬の内閣が「本格的な政党内閣」と呼ばれる理由を、「大臣」「立憲政友会」の2つの語を使って書きましょう。
原敬内閣:1918年、米騒動で寺内内閣が退陣したあとにできた
ヒントとして、原敬内閣は、米騒動の責任をとって寺内内閣が退陣したあと、1918年にできた内閣です。
答え(例)
陸軍・海軍・外務以外の大臣を、衆議院の第一党である立憲政友会の党員がしめたから。
政党内閣=議会で多数をしめる政党が中心になってつくる内閣
採点のポイント
① 大臣のほとんどが立憲政友会の党員(陸軍・海軍・外務以外)
② 立憲政友会は衆議院の第一党
【注意】
×「原敬がつくった立憲政友会」
立憲政友会をつくったのは伊藤博文(1900年)。原敬はその党首
呼び名の意味に当てはめる
「〜と呼ばれる理由」を聞かれたら、まずその呼び名の意味を思い出します。
政党内閣=議会で多数をしめる政党が中心になってつくる内閣
この意味に当てはめると、書くことが2つ見えてきます。
図では、原敬が首相の内閣のうち、陸軍・海軍・外務以外の大臣が「立憲政友会」の色でぬられています。その横に「衆議院 第一党:立憲政友会」の箱があります。
採点のポイント
- 大臣のほとんどが立憲政友会の党員だったこと。「陸軍・海軍・外務以外」まで書ければ十分ですが、「ほとんどの大臣」でも意味は通ります。
- 立憲政友会が衆議院の第一党(いちばん議席の多い政党)だったこと。大臣が政党の人でも、その政党が議会で少数なら、「議会で多数をしめる政党」という意味に合いません。この2つめが抜けやすいので気をつけてください。
これが4つめの手順です。
- 「〜と呼ばれる理由」は、その言葉の意味に当てはめて書く
よくある書き間違い
×「原敬がつくった立憲政友会」
原敬といえば立憲政友会、と結びつけて覚えている人ほど書きやすいのですが、これは誤りです。立憲政友会は、明治の1900年に伊藤博文がつくった政党です。原敬は、その党首でした。指定された語のまわりに、取り違えた事実を書きこまないようにしましょう。
問4 人物と内容の組み合わせ
問4 人物と、その人物に関係のある内容の組み合わせとして正しいものを2つ選びましょう。
ア 吉野作造-民本主義を説き、普通選挙と政党内閣を主張した
イ 原敬-普通選挙法(満25歳以上の男子)を成立させた
ウ ウィルソン-民族自決を唱え、国際連盟の設立を提案した
エ ガンディー-中国で五・四運動を指導した
オ 平塚らいてう-全国水平社をつくった
名前の印象だけで決めずに、右側の出来事の中身から、それがだれのことかを考えるのがコツです。
答え ア・ウ
【注意】原敬と加藤高明
原敬:1918年に首相(米騒動の後)。本格的な政党内閣。納税額を10円以上から3円以上に下げた(税の条件は残る)
加藤高明:1924年に首相(第二次護憲運動の後)。1925年に普通選挙法(満25歳以上の男子)
エ ガンディー:インドで、イギリスの支配に非暴力・不服従
五・四運動:中国の北京の学生たちから
オ 平塚らいてう:青鞜社・新婦人協会
全国水平社:部落差別を受けてきた人々が自らつくった
正しい組み合わせ
- ア 吉野作造:主権がどこにあるかは別として、民衆の考えにもとづく政治を説きました。これが民本主義です。そのために、普通選挙と政党内閣を求めました。正しい組み合わせです。
- ウ ウィルソン:アメリカの大統領です。民族自決を唱え、国際連盟の設立を提案しました。これも正しいです。
イは「原敬」と「加藤高明」の入れかえ
いちばん出やすい取り違えなので、2人を並べておきます。
- 原敬:1918年に首相(米騒動の後)。本格的な政党内閣をつくった。選挙権の納税額を10円以上から3円以上に下げた(税の条件は残る)
- 加藤高明:1924年に首相(第二次護憲運動の後)。1925年に普通選挙法(満25歳以上の男子)を成立させた
原敬は選挙権を広げた人なので、普通選挙と結びつけたくなる気持ちはよく分かります。でも、税金の条件は残っていたので、普通選挙ではありません。税金の条件をなくし、満25歳以上の男子に選挙権を認めたのが、加藤高明内閣の普通選挙法です。
3つの箱で言えば、原敬は大戦中、加藤高明は大戦後です。
エとオがちがう理由
- エ ガンディーは、インドで、イギリスの支配に対して非暴力・不服従の抵抗を指導した人です。五・四運動は、中国の北京の学生たちから始まった運動でした。
- オ 平塚らいてうは、青鞜社や新婦人協会をつくり、女性の地位の向上を求めた人です。全国水平社は、部落差別を受けてきた人々が、自分たちの手でつくった団体です。
まとめ
この回でできるようになったことは、次の3つです。
- 大正の出来事を、大戦の前・中・後の箱に分け、箱の中は「何の後か」を理由で並べられる(米騒動は大戦中)
- 記述では、指定された語を原因と結果に置き分け、問われた出来事につながる所まで書き、文の終わりを聞かれ方に合わせられる
- 原敬は本格的な政党内閣、普通選挙法(満25歳以上の男子)は加藤高明内閣、と区別できる
記述の手順(4つ)
- 2つの語は、どちらがもう一方を引き起こしたかで、「原因」と「結果」に置き分ける
- 文の終わりを、聞かれ方に合わせる(「なぜ」→「〜から」)
- 問われた出来事につながる所まで書く(指定された語の先に来ることもある)
- 「〜と呼ばれる理由」は、その言葉の意味に当てはめて書く
ページの下の宿題プリントや練習問題で、並べ替えと記述をもう一度やってみてください。自分のペースで大丈夫です。分からなくなったら、いつでもこのページに戻ってきてください。
よくある質問
Q. 米騒動は、大戦が終わったあとの出来事ではないのですか?
A. 大戦中の出来事です。米騒動は1918年の夏、大戦が終わったのは同じ1918年の秋なので、戦争がまだ続いているうちに起きました。米騒動のあとにできた原敬内閣も1918年なので、大戦中の箱に入ります。
Q. 指定された2つの語を使ったのに、文がうまくつながりません。
A. 書き始める前に、「どちらの語が、もう一方を引き起こしたか」を考えて、原因と結果に置き分けてみてください。問われた出来事は、2つの語のさらに先に来ることもあります。米騒動の問題なら「シベリア出兵(原因)→ 米の値段が上がる(結果)→ 人々の生活が苦しくなる → 米騒動」の順につなぐと、文が自然につながります。
Q. 普通選挙法をつくったのは原敬ですか?
A. いいえ、加藤高明の内閣です(1925年)。原敬は選挙権の納税額を10円以上から3円以上に下げましたが、税の条件は残っていたので、普通選挙ではありません。税の条件をなくして満25歳以上の男子に選挙権を認めたのが、普通選挙法です。
このシリーズについて
この記事は、シリーズの「入試基礎」の回です。このシリーズには「基礎」「入試基礎」「入試応用」の 3 段があります。続きの回も、順番に公開していきます。
解答・解説つきの演習プリント(別ページ)
この単元の授業
- STEP 1-1(準備中)
- STEP 1-2(準備中)
- STEP 1-3(準備中)
- STEP 1-4(準備中)
- STEP 2-1(この記事)
- STEP 2-2(準備中)
- STEP 3(準備中)






