中学歴史|旧石器・縄文・弥生・古墳時代【Step 1c】
中2 社会|旧石器・縄文・弥生・古墳時代|Step 1c
この記事でわかること
- 「大王」は古墳時代、「天皇」は飛鳥時代以降の呼び方で、同じ最高権力者でも時代によって呼称が変わる
- 日本最大の前方後円墳・大仙古墳は全長約486m・5世紀ごろ・大阪府堺市の3点がテスト頻出
- 氏姓制度は「氏(血縁集団の名前)」と「姓(大王が与える称号)」で豪族を序列化するしくみ
※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。
学習マップ
この単元の位置づけです。
古墳時代とヤマト政権
大阪に残る巨大な鍵穴形の森の正体
Googleマップで大阪府堺市を見ると、緑色の鍵穴の形をした巨大な森のようなものが見える。実はこれ、今から1600年ほど前に人の手でつくられた「お墓」。
- 大きさ:全長約486m
- いつ:今から1600年ほど前
- 誰が、何のために、こんなに大きな墓を?
全長は約486m。誰が、何のためにこれほど大きな墓をつくったのか——その答えが、古墳時代の政治のしくみと深く結びついています。
前方後円墳の形と特徴
前方後円墳とは、大王や豪族の力の大きさを示す巨大な古墳のこと。形は図でチェック——四角い部分と丸い部分、どちらが「前方部」でどちらが「後円部」かな?
前方後円墳とは、四角い前方部と丸い後円部を組み合わせた鍵穴形の巨大古墳です。大王や豪族の権力を示すためにつくられ、周囲には水をたたえた濠が設けられています。「前方部=四角い・後円部=丸い」という対応を形と名前のセットで覚えておきましょう。
確認問題①
【問題①】四角い部分と丸い部分を組み合わせた、鍵穴のような形をした巨大な古墳を何といいますか。漢字で答えなさい。
- さっき学んだ形の名前を思い出そう
- 答え:( )
確認問題①の答え
正解:前方後円墳
- 前方部(四角)と後円部(丸)を組み合わせた形
- 大王や豪族の力を示す巨大な古墳
日本最大の前方後円墳・大仙古墳
大仙古墳(だいせんこふん)は大阪府堺市にある、日本最大の前方後円墳。全長は約486m、5世紀ごろにつくられたと考えられている。世界最大級のお墓とも言われるよ。
大仙古墳は大阪府堺市にある日本最大の前方後円墳で、全長は約486m、5世紀ごろにつくられたと考えられています。クフ王のピラミッドや秦の始皇帝陵と並べても世界最大級の規模を誇ります。「場所・全長・時期」の3点はテストで問われやすい基本データです。
確認問題②
【問題②】大阪府堺市にある大仙古墳は、5世紀ごろにつくられたと考えられている、日本で最大の前方後円墳である。
- 大きさ・場所・時代を確認しよう
- ○ か × か考えよう
確認問題②の答え
正解:○
- 全長 約486m
- 5世紀ごろにつくられた
- 日本最大の前方後円墳
大和政権の成立と「大王」「天皇」の違い
大和政権(やまとせいけん)は、3世紀後半から4世紀ごろ、奈良盆地を中心に有力な豪族が連合してつくった政権。中心にいたのが大王(おおきみ)。※組織が整った後の呼び方は「大和朝廷」。今回は成立期を学ぶので「大和政権」で覚えよう。
| 呼び方 | 時期 | |
|---|---|---|
| この時代の支配者 | 大王(おおきみ) | 古墳時代 |
| のちの呼び方 | 天皇 | 飛鳥時代以降 |
大和政権とは、3世紀後半から4世紀ごろに奈良盆地を中心に有力な豪族が連合してつくった政権です。その頂点に立つ支配者を大王と呼びます。組織が整うにつれ「大和朝廷」とも呼ばれますが、成立初期の段階では「大和政権」を使います。
大王は古墳時代の呼び方、天皇は飛鳥時代以降の呼び方です。同じ最高権力者の地位を指しますが、呼称が時代とともに変わりました。呼び方と時代をセットで覚えておきましょう。
確認問題③
【問題③】3世紀後半から4世紀ごろ、奈良盆地を中心に、有力な豪族が連合してつくった政権を何といいますか。漢字で答えなさい。
- 奈良盆地・豪族・連合というキーワードに注目
- 答え:( )
確認問題③の答え
正解:大和政権
- 奈良盆地が中心
- 3世紀後半〜4世紀ごろに成立
- 有力な豪族の連合政権
氏姓制度のしくみ
氏姓制度(しせいせいど)は、大王が豪族に「姓」を与えて序列化するしくみ。氏(うじ)=蘇我氏・物部氏のように血縁でまとまった集団、姓(かばね)=臣・連のように大王が与える称号。
氏姓制度とは、大王が豪族を氏(血縁でまとまった集団)ごとに整理し、姓(「臣」「連」などの称号)を与えて序列をつけるしくみです。蘇我氏・物部氏・大伴氏などの有力豪族が大王の下に並び、姓によって位置づけが決まります。「氏=集団の名前、姓=大王が与える称号」という対応を確認しておきましょう。
前方後円墳の分布と大和政権の勢力範囲
同じ形の前方後円墳が広い地域に分布している=大王の力がその地域まで届いていた証拠。分布の範囲は九州北部から東北南部まで(北海道や南西諸島には及んでいない)。
前方後円墳は近畿地方だけでなく、西は九州北部から東は東北地方南部まで広く分布しています。同じ形の墓が広範囲に見られることは、大和政権の影響力がその地域まで及んでいた証拠と考えられます。ただし北海道や南西諸島には及んでおらず、「九州北部から東北南部まで」が勢力範囲の目安です。
確認問題④
【問題④】下の地図から、前方後円墳は近畿地方だけでなく、東北南部から九州北部までの広い範囲に分布していることが読み取れる。このことから「大和政権の勢力が東北地方南部から九州地方までの各地に広がっていた」と考えることができる。
確認問題④の答え
正解:○
確認問題⑤
【問題⑤】3世紀後半から始まる古墳時代の日本のようすとして、正しい説明を次から選びなさい。
- ア: 稲作が大陸から伝わり、日本で初めて水田がつくられて社会が大きく変わった。
- イ: 奈良盆地を中心に大和政権が成立し、全国各地に前方後円墳がつくられた。
- ウ: 中国の歴史書に、女王の卑弥呼が治める邪馬台国のようすが記された。
- エ: 打製石器を使って大型の動物をとり、移動しながらくらしていた。
確認問題⑤の答え
正解:イ
- ア→稲作が伝わったのは弥生時代
- ウ→卑弥呼の邪馬台国は弥生時代
- エ→打製石器を使ったのは旧石器時代
- 正解イ→大和政権の成立と前方後円墳は古墳時代
テストで間違えやすいポイント
テストで混同しやすいポイントを整理しよう
| 項目 | × 勘違い | ○ 正しい理解 |
|---|---|---|
| 前方部・後円部 | 前方部=丸い部分 | 前方部=四角い部分、後円部=丸い部分 |
| 氏と姓 | 同じ意味の言葉 | 氏=血縁集団の名前、姓=大王が与える称号 |
| 分布の範囲 | 日本全国に広がっていた | 九州北部から東北南部までの範囲 |
①前方部と後円部の対応:丸い部分を「前方部」と誤りやすいですが、前方部=四角い部分・後円部=丸い部分です。②氏と姓の違い:氏=血縁でまとまった集団の名前、姓=大王が与える称号——字が似ているだけに意識して区別しましょう。③分布の範囲:「全国」とは九州北部から東北南部までを指し、北海道・南西諸島は含まれません。
この記事のまとめ
まとめ
・前方後円墳=大王・豪族の力を示す鍵穴形の巨大な古墳(例:大仙古墳、全長約486m)
・大和政権=大王を中心に豪族が連合した政権(奈良盆地→全国へ)
・氏姓制度=氏でまとまり、姓で序列化するしくみ
- 自分に聞いてみよう
- 「大王」と「天皇」の違い、説明できる?
- 前方後円墳の分布から何がわかるか言える?
前方後円墳:四角い前方部と丸い後円部の鍵穴形。日本最大の大仙古墳は全長約486m・5世紀・大阪府堺市。大和政権:3世紀後半〜4世紀に奈良盆地で成立した豪族連合政権。支配者の呼び方は古墳時代=大王、飛鳥時代以降=天皇。氏姓制度:氏=血縁集団の名前、姓=大王が与える称号で序列を表す。
よくある質問
「大和政権」と「大和朝廷」はどう違うのですか?
同じ政権を指す言葉ですが、「大和政権」は3〜4世紀の成立初期の呼び方、「大和朝廷」は組織が整った後の呼び方です。教科書では時期によって使い分けているため、混同しないようにしましょう。
「大王」と「天皇」の違いを教えてください。
使われた時代の違いです。「大王」は古墳時代における最高権力者の呼び方で、「天皇」は飛鳥時代以降の呼び方です。同じ地位を指しますが、時代が変わると呼称も変わります。
氏姓制度の「氏」と「姓」はどう区別すればよいですか?
「氏」は血縁でまとまった集団の名前(例:蘇我氏・物部氏)、「姓」は大王がその氏に与えた称号(例:臣・連)です。氏=集団名、姓=称号と覚えると整理しやすいです。
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