中学2年

中2社会|室町時代【Step 1a】

栞先生

中2 社会|室町時代|Step 1a

この記事でわかること

  • 応仁の乱で幕府の権威が崩れ、実力のある者が上位を倒せる「下剋上」の時代が到来した
  • 守護大名は幕府から任命された存在だが、戦国大名は独自の分国法で領国を自力支配した
  • 農民の自治組織「惣」は土一揆を起こし、借金の帳消しである徳政令を求めた

※ この記事は上の授業動画の内容をテキストで整理したものです。

栞先生
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「なぜ家臣が主君を倒せるのか」——下剋上という現象、最初は不思議に感じるかもしれません。

学習マップ

この単元の位置づけです。

なぜ「下剋上(げこくじょう)」は起きた?
→ 応仁の乱で幕府の権威が崩れ、実力がある者が上の身分を倒せる時代になったから

 中2 平安時代
  ↓
 中2 鎌倉時代
  ↓
▶ 中2 室町時代(今回はここ)
  ↓
 中2 安土桃山時代

室町幕府の成立

栞先生
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鎌倉幕府が滅んでから室町幕府が開かれるまでのわずか5年間に、3つのできごとが連鎖します。
鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立まで 後醍醐天皇の倒幕計画 鎌倉幕府を倒そうと挙兵 足利尊氏らが協力 有力御家人が天皇側につく 鎌倉幕府滅亡 1333年 建武の新政 後醍醐天皇による天皇中心の政治 公家を重視 → 2〜3年で失敗 武士の不満 恩賞が公家に偏り、 武士は報われず 不満をつのらせる 足利尊氏が反旗をひるがえす 武士たちを率いて京都を制圧 朝廷が二つに分裂 南朝 後醍醐天皇 吉野(奈良県) に逃れる 北朝 光明天皇 京都 尊氏が擁立 対立 北朝が尊氏を征夷大将軍に任命 室町幕府 成立 1338年 足利尊氏が初代将軍に
  • ① 鎌倉幕府 滅亡(1333年)
  • ② 建武(けんむ)の新政: 後醍醐天皇による天皇中心の政治→公家を重視し武士は不満
  • ③ 足利尊氏(あしかがたかうじ)が反旗をひるがえし、京都を制圧
  • ④ 北朝が尊氏を征夷大将軍に任命→室町幕府 成立(1338年)

1333年に鎌倉幕府が滅亡。その後後醍醐天皇が天皇中心の政治を目指して建武の新政を始めましたが、公家を重視して武士への恩賞が不十分だったため約2年で失敗しました。武士の不満を背景に足利尊氏が反旗をひるがえして京都を制圧し、1338年に室町幕府が成立します。この順番がそのまま原因と結果になっています。

確認クイズ①

栞先生
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室町幕府を開いた人物を選びなさい。(ア 源頼朝 イ 足利尊氏 ウ 後醍醐天皇 エ 足利義満)
鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立まで 後醍醐天皇の倒幕計画 鎌倉幕府を倒そうと挙兵 足利尊氏らが協力 有力御家人が天皇側につく 鎌倉幕府滅亡 1333年 建武の新政 後醍醐天皇による天皇中心の政治 公家を重視 → 2〜3年で失敗 武士の不満 恩賞が公家に偏り、 武士は報われず 不満をつのらせる 足利尊氏が反旗をひるがえす 武士たちを率いて京都を制圧 朝廷が二つに分裂 南朝 後醍醐天皇 吉野(奈良県) に逃れる 北朝 光明天皇 京都 尊氏が擁立 対立 北朝が尊氏を征夷大将軍に任命 室町幕府 成立 1338年 足利尊氏が初代将軍に

【問題1】
京都に室町幕府を開いた人物として正しいものを選びなさい。
ア 源頼朝 イ 足利尊氏
ウ 後醍醐天皇 エ 足利義満

正解:イ 足利尊氏。源頼朝は鎌倉幕府、後醍醐天皇は建武の新政、足利義満は南北朝を合一した3代将軍です。

確認クイズ②

栞先生
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公家を重視して武士の不満を招き、2〜3年で失敗した天皇中心の政治を漢字で答えなさい。
鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立まで 後醍醐天皇の倒幕計画 鎌倉幕府を倒そうと挙兵 足利尊氏らが協力 有力御家人が天皇側につく 鎌倉幕府滅亡 1333年 建武の新政 後醍醐天皇による天皇中心の政治 公家を重視 → 2〜3年で失敗 武士の不満 恩賞が公家に偏り、 武士は報われず 不満をつのらせる 足利尊氏が反旗をひるがえす 武士たちを率いて京都を制圧 朝廷が二つに分裂 南朝 後醍醐天皇 吉野(奈良県) に逃れる 北朝 光明天皇 京都 尊氏が擁立 対立 北朝が尊氏を征夷大将軍に任命 室町幕府 成立 1338年 足利尊氏が初代将軍に

【問題2】
鎌倉幕府が滅びたあと、天皇中心の政治に戻そうとして始まったが、公家を重視したため武士の不満を招いて2〜3年で失敗した政治を何というか。漢字で答えなさい。

正解:建武の新政。室町幕府成立の直前のできごとで、天皇中心の政治を目指しましたが短命に終わりました。

南北朝の動乱と統一

栞先生
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南朝と北朝、どちらが京都に置かれたか混同しやすいポイントです。
室町時代 年表(1333〜1573) 1400 1500 鎌倉幕府滅亡 1333 建武の新政 1334 室町幕府成立 (尊氏) 1338 南北朝分裂(約60年) 南北朝合一(義満) 1392 正長の土一揆 1428 応仁の乱 勃発 1467 応仁の乱 終結 1477 応仁 の乱 11年間 戦国時代 (下剋上の世へ)
  • 南朝: 後醍醐天皇(吉野・奈良県)
  • 北朝: 尊氏が擁立した天皇(京都)
  • 二つの朝廷が対立したまま 約60年 並立
  • 1392年 足利義満(室町幕府3代将軍)が合一を実現

室町幕府成立後、後醍醐天皇は吉野(現・奈良県)に南朝を置き、足利尊氏が立てた天皇は京都の北朝として約60年間対立しました。1392年に3代将軍足利義満が南北朝を合一します。南朝=後醍醐天皇=吉野の対応をセットで覚えましょう。

確認クイズ③

栞先生
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南朝が置かれた場所を選びなさい。(ア 京都 イ 吉野 ウ 鎌倉 エ 奈良)
室町時代 年表(1333〜1573) 1400 1500 鎌倉幕府滅亡 1333 建武の新政 1334 室町幕府成立 (尊氏) 1338 南北朝分裂(約60年) 南北朝合一(義満) 1392 正長の土一揆 1428 応仁の乱 勃発 1467 応仁の乱 終結 1477 応仁 の乱 11年間 戦国時代 (下剋上の世へ)

【問題3】
南北朝の動乱で南朝が置かれた場所として正しいものを選びなさい。
ア 京都 イ 吉野
ウ 鎌倉 エ 奈良

正解:イ 吉野。南朝=吉野、北朝=京都の対応でセットに押さえましょう。

守護大名の成長

栞先生
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「守護」と「守護大名」、なぜわざわざ名前を区別するのでしょうか。
守護大名と戦国大名の比較 項目 守護大名 戦国大名 時期 室町時代前半 応仁の乱(1467年)以降 戦国時代 任命者・ 権威の源 幕府(将軍)から任命 =上から与えられた地位 自力(実力) =自分の力で勝ち取る 支配の根拠 幕府の権威に依存 分国法で独自に支配 自分で法をつくる 支配の範囲 国単位で守護の権限を拡大 (他の権力も残る) 領国内を一元支配 (隅々まで自分の力で) 代表的な 特徴 幕府を支えるが 強すぎて幕府を制約 幕府に頼らない 守護大名 → 戦国大名 への変化には2パターン ① 成長パターン 同じ人物が守護大名から 戦国大名に成長する ② 下剋上パターン 家臣(下の身分の者)が 主君に取って代わる
  • 鎌倉時代の守護: 国ごとの軍事・警察担当(権限は限定的)
  • 室町時代: 守護が年貢徴収や裁判権など権限を拡大
  • → 幕府から任じられた守護大名(しゅごだいみょう)が国を実質支配
  • 将軍を支えたが、力が強すぎて幕府を制約することも

鎌倉時代の守護は軍事・警察を担う限定的な役職でしたが、室町時代には年貢の取り立てや裁判の権限まで拡大され、国を実質的に支配するようになった存在が守護大名です。権力が強大になるほど幕府の統制が難しくなり、のちの下剋上への伏線となります。

確認クイズ④

栞先生
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守護大名の説明として正しいものを選びなさい。(ア 幕府から任じられ権限を拡大し国を支配した大名 イ 独自の分国法で領国を支配した大名 ウ 年貢取り立てを担った役職 エ 農民の自治組織)
守護大名と戦国大名の比較 項目 守護大名 戦国大名 時期 室町時代前半 応仁の乱(1467年)以降 戦国時代 任命者・ 権威の源 幕府(将軍)から任命 =上から与えられた地位 自力(実力) =自分の力で勝ち取る 支配の根拠 幕府の権威に依存 分国法で独自に支配 自分で法をつくる 支配の範囲 国単位で守護の権限を拡大 (他の権力も残る) 領国内を一元支配 (隅々まで自分の力で) 代表的な 特徴 幕府を支えるが 強すぎて幕府を制約 幕府に頼らない 守護大名 → 戦国大名 への変化には2パターン ① 成長パターン 同じ人物が守護大名から 戦国大名に成長する ② 下剋上パターン 家臣(下の身分の者)が 主君に取って代わる

【問題4】
室町幕府の『守護大名』の説明として、最も正しいものを選びなさい。
ア 幕府(将軍)から任じられ、守護の権限を拡大して国を支配した大名
イ 幕府の権威に頼らず、独自の分国法で領国を支配した大名
ウ 荘園や公領ごとに置かれ、年貢の取り立てを行った役職
エ 農民が寄合で掟を定めて自治を行った組織

正解:。イは戦国大名、ウは地頭、エは惣の説明です。

惣村と土一揆

栞先生
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室町時代の農民は、ただ年貢を納めるだけではありませんでした。
惣村の自治と土一揆 惣(惣村)― 農民の自治組織 寄合 村人たちの話し合い 掟を決める 年貢の交渉 領主と交渉して 軽減を求める 灌漑用水の管理 水路を共同で 整備・利用 村の警備 自分たちで 村を守る 土一揆の流れ ① 凶作 や 重税 農民の暮らしが苦しくなる ② 惣村同士が連携 近隣の村々が団結する ③ 武装して蜂起 農民が力ずくで立ち上がる ④ 幕府や領主に要求 徳政令(借金の帳消し) ・ 年貢の軽減 代表例 1428年 正長の土一揆
  • 惣(そう、惣村とも): 農民が寄合で掟を定めて行う自治組織
  • 年貢の交渉・用水の管理・村の警備などを自分たちで行う
  • 土一揆(つちいっき): 凶作や重税に対し、惣どうしが連携して武装蜂起
  • 徳政令(とくせいれい、借金の帳消し)などを要求 — 代表例: 正長の土一揆(1428年)

農民が寄合という話し合いで掟を定めた自治組織を惣(そう)といいます。年貢交渉・用水管理・村の警備を担いました。生活が苦しくなると惣どうしが連携して武装蜂起する土一揆が起こり、借金の帳消しを意味する徳政令が要求されました。代表例は1428年の正長の土一揆です。

確認クイズ⑤

栞先生
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農民が寄合で掟を定めて自治を行った組織を漢字1字で答えなさい。
惣村の自治と土一揆 惣(惣村)― 農民の自治組織 寄合 村人たちの話し合い 掟を決める 年貢の交渉 領主と交渉して 軽減を求める 灌漑用水の管理 水路を共同で 整備・利用 村の警備 自分たちで 村を守る 土一揆の流れ ① 凶作 や 重税 農民の暮らしが苦しくなる ② 惣村同士が連携 近隣の村々が団結する ③ 武装して蜂起 農民が力ずくで立ち上がる ④ 幕府や領主に要求 徳政令(借金の帳消し) ・ 年貢の軽減 代表例 1428年 正長の土一揆

【問題5】
室町時代、農民が寄合で掟を定めて年貢の交渉や用水の管理などを自分たちで行った自治組織のことを何というか。漢字1字で答えなさい。

正解:。年貢交渉・用水管理・村の警備まで担う農民の自治組織です。

確認クイズ⑥

栞先生
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土一揆で農民が求めた借金の帳消しを命じる法令を漢字で答えなさい。
惣村の自治と土一揆 惣(惣村)― 農民の自治組織 寄合 村人たちの話し合い 掟を決める 年貢の交渉 領主と交渉して 軽減を求める 灌漑用水の管理 水路を共同で 整備・利用 村の警備 自分たちで 村を守る 土一揆の流れ ① 凶作 や 重税 農民の暮らしが苦しくなる ② 惣村同士が連携 近隣の村々が団結する ③ 武装して蜂起 農民が力ずくで立ち上がる ④ 幕府や領主に要求 徳政令(借金の帳消し) ・ 年貢の軽減 代表例 1428年 正長の土一揆

【問題6】
土一揆で農民たちが求めた、借金の帳消しを命じる法令を何というか。漢字で答えなさい。

正解:徳政令。1428年の正長の土一揆がその代表例です。

応仁の乱と下剋上

栞先生
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ある大乱が終わったあと、日本の権力構造は根底から変わってしまいます。
応仁の乱(1467〜1477)と下剋上 ■ 応仁の乱の対立構造 将軍 足利義政 の跡継ぎ争い 足利義視 (東軍を支持) × 実子 足利義尚 (西軍を支持) 有力守護の対立 細川氏 (東軍の中心) × 山名氏 (西軍の中心) 東 軍 全国の大名が二分して参戦 西 軍 全国の大名が二分して参戦 主戦場は京都 → 11年間の戦乱で焼け野原に 1467年〜1477年 ■ 下剋上の連鎖 → 戦国時代へ 幕府の権威 失墜 将軍の力が弱まる 守護大名が 領国に戻り自立 京都から地方へ 家臣が主君を 倒す = 下剋上 戦国 大名 の登場 下剋上(げこくじょう)とは 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること → 実力で領国を支配する「戦国大名」が各地に生まれ、戦国時代へ
  • 応仁の乱(1467〜1477年): 将軍 足利義政 の跡継ぎ争いに有力守護大名の対立が重なる
  • 全国の大名が東軍・西軍に分かれて争う → 京都は11年間の戦乱で焼け野原に
  • 幕府の権威が失墜 → 守護大名が領国に戻り自立
  • 下剋上: 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わる風潮が全国に広がる

応仁の乱(1467〜1477年)は、将軍足利義政の跡継ぎ争いに守護大名どうしの対立が重なった11年間の大乱です。全国の大名が東軍・西軍に分かれ、主戦場の京都は焼け野原となりました。幕府の権威が失墜すると守護大名は各地の領国で自立し、下剋上(下の身分の者が実力で上の者を倒して取って代わる風潮)が全国に広まって戦国時代へと移行します。

確認クイズ⑦

栞先生
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1467年に始まり、京都を焼け野原にして11年続いた大乱を漢字で答えなさい。
応仁の乱(1467〜1477)と下剋上 ■ 応仁の乱の対立構造 将軍 足利義政 の跡継ぎ争い 足利義視 (東軍を支持) × 実子 足利義尚 (西軍を支持) 有力守護の対立 細川氏 (東軍の中心) × 山名氏 (西軍の中心) 東 軍 全国の大名が二分して参戦 西 軍 全国の大名が二分して参戦 主戦場は京都 → 11年間の戦乱で焼け野原に 1467年〜1477年 ■ 下剋上の連鎖 → 戦国時代へ 幕府の権威 失墜 将軍の力が弱まる 守護大名が 領国に戻り自立 京都から地方へ 家臣が主君を 倒す = 下剋上 戦国 大名 の登場 下剋上(げこくじょう)とは 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること → 実力で領国を支配する「戦国大名」が各地に生まれ、戦国時代へ

【問題7】
1467年に将軍の跡継ぎ争いから始まり、京都を焼け野原にして11年間続いた大乱を何というか。漢字で答えなさい。

正解:応仁の乱。幕府権威の失墜と戦国時代への転換点となりました。

確認クイズ⑧

栞先生
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「下剋上」の正しい意味を選びなさい。(ア 天皇が武家政権を倒すこと イ 将軍の跡継ぎ争い ウ 下の身分の者が実力で上の者を倒して取って代わること エ 農民が惣を作って自治を行うこと)
応仁の乱(1467〜1477)と下剋上 ■ 応仁の乱の対立構造 将軍 足利義政 の跡継ぎ争い 足利義視 (東軍を支持) × 実子 足利義尚 (西軍を支持) 有力守護の対立 細川氏 (東軍の中心) × 山名氏 (西軍の中心) 東 軍 全国の大名が二分して参戦 西 軍 全国の大名が二分して参戦 主戦場は京都 → 11年間の戦乱で焼け野原に 1467年〜1477年 ■ 下剋上の連鎖 → 戦国時代へ 幕府の権威 失墜 将軍の力が弱まる 守護大名が 領国に戻り自立 京都から地方へ 家臣が主君を 倒す = 下剋上 戦国 大名 の登場 下剋上(げこくじょう)とは 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること → 実力で領国を支配する「戦国大名」が各地に生まれ、戦国時代へ

【問題8】
『下剋上』の意味として最も正しいものを選びなさい。
ア 天皇が武家政権を倒して政治の実権を取り戻すこと
イ 将軍の跡継ぎをめぐって有力な守護大名どうしが争うこと
ウ 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること
エ 農民が惣を作って年貢の交渉や村の運営を自分たちで行うこと

正解:。下剋上は「下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること」です。

戦国大名の登場

栞先生
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守護大名が力をつけた時代が、そのまま戦国時代になったわけではありません。
守護大名と戦国大名の比較 項目 守護大名 戦国大名 時期 室町時代前半 応仁の乱(1467年)以降 戦国時代 任命者・ 権威の源 幕府(将軍)から任命 =上から与えられた地位 自力(実力) =自分の力で勝ち取る 支配の根拠 幕府の権威に依存 分国法で独自に支配 自分で法をつくる 支配の範囲 国単位で守護の権限を拡大 (他の権力も残る) 領国内を一元支配 (隅々まで自分の力で) 代表的な 特徴 幕府を支えるが 強すぎて幕府を制約 幕府に頼らない 守護大名 → 戦国大名 への変化には2パターン ① 成長パターン 同じ人物が守護大名から 戦国大名に成長する ② 下剋上パターン 家臣(下の身分の者)が 主君に取って代わる
  • 戦国大名(せんごくだいみょう): 幕府の権威によらず、独自の分国法(ぶんこくほう)で領国を一元支配
  • ① 成長パターン: 守護大名がそのまま実力をつけ戦国大名に成長
  • ② 下剋上パターン: 家臣が主君の守護大名を倒して取って代わる
  • → 応仁の乱後、各地に戦国大名が登場し戦国時代へ

戦国大名は幕府の権威に頼らず、自ら制定した分国法(独自の法律)で領国を支配しました。守護大名から戦国大名への変わり方には2パターンがあります。①守護大名がそのまま実力を伸ばす「成長パターン」、②家臣が主君の守護大名を倒す「下剋上パターン」。応仁の乱後、両パターンで各地に戦国大名が台頭しました。

混同しやすい用語の整理

栞先生
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室町時代には似た名前・時期のできごとが多く、混同しやすい落とし穴があります。
  • × 建武の新政 = 室町幕府 → ○ 別のできごと(天皇中心の政治の失敗→武士の政権の始まり)
  • × 鎌倉の守護 = 室町の守護大名 → ○ 権限の広さが違う(守護大名は年貢徴収・裁判権まで拡大)
  • × 下剋上 = 幕府を倒すこと → ○ 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること全般
鎌倉幕府滅亡から室町幕府成立まで 後醍醐天皇の倒幕計画 鎌倉幕府を倒そうと挙兵 足利尊氏らが協力 有力御家人が天皇側につく 鎌倉幕府滅亡 1333年 建武の新政 後醍醐天皇による天皇中心の政治 公家を重視 → 2〜3年で失敗 武士の不満 恩賞が公家に偏り、 武士は報われず 不満をつのらせる 足利尊氏が反旗をひるがえす 武士たちを率いて京都を制圧 朝廷が二つに分裂 南朝 後醍醐天皇 吉野(奈良県) に逃れる 北朝 光明天皇 京都 尊氏が擁立 対立 北朝が尊氏を征夷大将軍に任命 室町幕府 成立 1338年 足利尊氏が初代将軍に
守護大名と戦国大名の比較 項目 守護大名 戦国大名 時期 室町時代前半 応仁の乱(1467年)以降 戦国時代 任命者・ 権威の源 幕府(将軍)から任命 =上から与えられた地位 自力(実力) =自分の力で勝ち取る 支配の根拠 幕府の権威に依存 分国法で独自に支配 自分で法をつくる 支配の範囲 国単位で守護の権限を拡大 (他の権力も残る) 領国内を一元支配 (隅々まで自分の力で) 代表的な 特徴 幕府を支えるが 強すぎて幕府を制約 幕府に頼らない 守護大名 → 戦国大名 への変化には2パターン ① 成長パターン 同じ人物が守護大名から 戦国大名に成長する ② 下剋上パターン 家臣(下の身分の者)が 主君に取って代わる
応仁の乱(1467〜1477)と下剋上 ■ 応仁の乱の対立構造 将軍 足利義政 の跡継ぎ争い 足利義視 (東軍を支持) × 実子 足利義尚 (西軍を支持) 有力守護の対立 細川氏 (東軍の中心) × 山名氏 (西軍の中心) 東 軍 全国の大名が二分して参戦 西 軍 全国の大名が二分して参戦 主戦場は京都 → 11年間の戦乱で焼け野原に 1467年〜1477年 ■ 下剋上の連鎖 → 戦国時代へ 幕府の権威 失墜 将軍の力が弱まる 守護大名が 領国に戻り自立 京都から地方へ 家臣が主君を 倒す = 下剋上 戦国 大名 の登場 下剋上(げこくじょう)とは 下の身分の者が実力で上の身分の者を倒して取って代わること → 実力で領国を支配する「戦国大名」が各地に生まれ、戦国時代へ

建武の新政と室町幕府は別のできごとで、天皇中心の政治が失敗したあとに室町幕府が始まりました。②鎌倉の守護と室町の守護大名は権限が異なり、守護大名は年貢取り立てや裁判権まで持ちます。③下剋上は「幕府を倒すこと」ではなく、下位の者が実力で上位の者を倒して取って代わること全般を指します。

この記事のまとめ

栞先生
栞先生
室町時代の流れを、時系列に沿って一本につなげましょう。
室町時代 年表(1333〜1573) 1400 1500 鎌倉幕府滅亡 1333 建武の新政 1334 室町幕府成立 (尊氏) 1338 南北朝分裂(約60年) 南北朝合一(義満) 1392 正長の土一揆 1428 応仁の乱 勃発 1467 応仁の乱 終結 1477 応仁 の乱 11年間 戦国時代 (下剋上の世へ)
  • 鎌倉幕府滅亡→建武の新政の失敗→足利尊氏が室町幕府を開く(1338年)
  • 南北朝の動乱(約60年)→義満が合一(1392年)
  • 守護大名が力を強める→惣村の自治と土一揆→応仁の乱(1467〜1477年)で幕府権威が失墜
  • 下剋上の広がり→各地に戦国大名が登場

【自己点検】
サムネの問い『なぜ下剋上は起きた?』に自分の言葉で答えられたら今日はOK
(答えられない人は応仁の乱のところに戻ろう)

1333年:鎌倉幕府滅亡 → 建武の新政の失敗 → 1338年:足利尊氏が室町幕府を開く → 1392年:足利義満が南北朝を合一 → 守護大名の台頭・土一揆の多発 → 1467〜1477年:応仁の乱で幕府権威が失墜 → 下剋上が広がる → 各地に戦国大名が台頭 → 戦国時代へ。「なぜ下剋上が起きたのか」を自分の言葉で説明できれば、この単元の理解は完成です。

よくある質問

守護大名と戦国大名はどう違いますか?

守護大名は幕府から任命されて権限を拡大した存在、戦国大名は幕府の権威に頼らず独自の分国法で領国を自力支配した存在です。応仁の乱後、守護大名から「成長パターン」または「下剋上パターン」で戦国大名が生まれました。

南北朝はどちらが正統な朝廷ですか?

現在の歴史学では、後醍醐天皇の系統である南朝が正統とされています。南朝は吉野(現・奈良県)を拠点とし、1392年に足利義満によって北朝と合一されました。

惣(そう)と土一揆はどのような関係ですか?

惣は農民が日常的に寄合で自治を行う組織で、土一揆は凶作や重い年貢に苦しんだとき惣どうしが連携して武装蜂起する行動です。両者は密接に結びついています。

この単元の練習問題ページ(準備中)

この単元の授業

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