紙やノートに解いてみよう。手が止まったら、ヒントを上から順に開こう。
📺 解けなかったら、この単元の授業動画で復習しよう。
宿題11919 年、パリで開かれた講和会議で、第一次世界大戦の講和条約が結ばれました。この条約の名前を書きなさい。また、この条約でドイツに課されたことを 2 つ書きなさい。条約の名前:________条約
ドイツに課されたこと(2 つ)
① ________________
② ________________
ヒント1
- 1. 動画の「負けたドイツはどうなったか」の場面を見直します。画面に「【覚える】パリ講和会議(1919年)」と出た所です。
ヒント2
- 2. 条約の名前は、その板書で「パリ講和会議(1919年)」のすぐ下に「→」で書いてあります。先生は「この条約を〇〇条約といいます」と言っていました。
ヒント3
- 3. ドイツに課されたことは、同じ板書の「ドイツは」の下に「・」で 4 つ並んでいます。植民地について、本国の領土について、お金について、軍隊についての 4 つです。
ヒント4
- 4. 4 つのうち、どれでもよいので 2 つ選んで、①と②に 1 つずつ書きます。同じことを 2 回書かないようにしましょう。
答えと解き方
ベルサイユ条約。課されたこと(2 つ):すべての植民地を失った、ばく大な賠償金を負わされた(ほかに、本国の領土の一部を失った・軍備を制限された、も正答)。
解き方
負けたドイツには、とても重い条件が課されました。
宿題2国際連盟の設立を提案したアメリカの大統領はだれですか。また、国際連盟の本部が置かれた都市はどこですか。提案した大統領:______大統領
本部が置かれた都市:______(国の名前:____)
ヒント1
- 1. 動画の「国際連盟」の場面を見直します。画面に「【覚える】国際連盟(1920年)」と出た所です。
ヒント2
- 2. 大統領は、板書の「・〇〇〇〇〇大統領の提案」の行に書いてあります。「民族自決」を唱えた人と同じ人です(「民族自決という考え」の場面の板書「唱えた人:アメリカの〇〇〇〇〇大統領」も見てみましょう)。
ヒント3
- 3. 本部の都市は、板書の「・本部:スイスの〇〇〇〇〇」の行に書いてあります。動画の問2の正しい選択肢「イ」にも、同じ都市の名前が出ています。
ヒント4
- 4. 都市の名前はカタカナ 5 文字です。国の名前もいっしょに書いておきましょう。
答えと解き方
ウィルソン、ジュネーブ(スイス)
解き方
ウィルソンは民族自決も唱えました。
宿題3国際連盟の事務次長として活躍した日本人はだれですか。答え:_______
ヒント1
- 1. 動画の「国際連盟」の場面を見直します。画面に「【覚える】国際連盟(1920年)」と出た所です。
ヒント2
- 2. 板書のいちばん下の行、「・事務次長:〇〇〇〇〇」に書いてあります。
ヒント3
- 3. 先生も「〇〇〇〇〇という日本人も、事務次長として働きました」と言っていました。名字が 3 文字、名前が 2 文字の人です。
答えと解き方
新渡戸稲造
解き方
日本は常任理事国として、連盟の中心の一つでした。
宿題4国際連盟を提案したアメリカは、連盟に加盟しませんでした。その理由を書きなさい。理由:____________________から。
「だれが」「どうしたから」が分かるように書きましょう。
ヒント1
- 1. 動画の「国際連盟」の場面を見直します。板書の下のほうに「【注意】提案したアメリカは加盟しなかった」と出た所です。
ヒント2
- 2. そのすぐ下に、かっこで理由が書いてあります。「(アメリカの〇〇が反対した)」の形です。
ヒント3
- 3. 先生はこう言っていました。「アメリカでは、条約を認めるかどうかを〇〇が決めます。その〇〇が、加盟に反対したのです」。
ヒント4
- 4. 動画の問2の解説でも、選択肢アについて「アメリカは〇〇の反対で加盟しなかった」と出ています。
ヒント5
- 5. 「アメリカの〇〇が、加盟に反対したから。」の形で書けば、理由になります。
答えと解き方
アメリカの議会が加盟に反対したから。
解き方
有力な国が入らなかったことは、連盟の力を弱めました。
宿題5(1) 「民族自決」とは、どんな考えですか。
答え:__________________という考え。
(2) 民族自決の考えにもとづいて、多くの国が独立した地域を選びなさい。
ア 東南アジア イ 東ヨーロッパ ウ アフリカ エ 朝鮮半島
答え:(__)
(3) 民族自決の考えが当てはめられなかったのは、どんな地域でしたか。
答え:________________
地域の名前だけでなく、『どんな地域か』が分かるように書きましょう
ヒント1
- 1. 動画の「民族自決という考え」の場面と、動画の問1の解説を見直します。
ヒント2
- 2. (1) 板書に「【決まり】民族自決」と出た所です。その下に意味が書いてあります。先生は「漢字を見ると、民族が、自分で、決める」と言っていました。「それぞれの民族が、自分たちのことを〇〇〇〇〇〇〇」という形で書きます。「自分たちで決める」が入っていれば大丈夫です。
ヒント3
- 3. (2) 動画の問1の左の地図を思い出しましょう。色をぬった国(ポーランド・チェコスロバキア・ユーゴスラビア)は、大戦後に新しく独立した国でした。その国々を点線で囲んで、地域の名前が書いてありました。その地域の名前を、ア〜エから探します。
ヒント4
- 4. (2) ほかの選択肢も確かめましょう。エの朝鮮半島は、日本の植民地のままでした。アの東南アジアやウのアフリカも、そのころは植民地が多く、独立は認められていません。
ヒント5
- 5. (3) 動画の問1の解説で、板書に「当てはめられなかった:〇〇〇(や〇〇〇〇)の〇〇〇」と出た所を見ます。【注意】には「民族自決は、戦争に勝った国の〇〇〇には当てはめられなかった」とあります。
ヒント6
- 6. (3) 「アジア」「アフリカ」と場所の名前だけを書くと、「どんな地域か」が足りません。その地域が、ほかの国に支配されていた「どんな立場の地域」だったかを表す言葉(漢字 3 文字)を、必ずいっしょに書きましょう。朝鮮やインドは、その例です。
答えと解き方
– (1) それぞれの民族が、自分たちのことを自分たちで決めるべきだという考え。
– (2) イ
– (3) アジア・アフリカの植民地。「アジアの植民地」「朝鮮やインドなどの植民地」も正答にします。「植民地」の語が無く、「アジア」「アフリカ」と地域の名前だけを書いたものは、どんな地域かが足りないので不十分です。
解き方
– (2) ポーランドなど、主にオーストリアなどの領土だった東ヨーロッパの地域で、独立が認められました。
– (3) アジア・アフリカの植民地には、民族自決は当てはめられませんでした。朝鮮やインドも、植民地のままでした。
宿題6| 運動 | 起きた国・地域 | 求めたこと |
|—|—|—|
| 五・四運動 | (①) | (②) |
| 三・一独立運動 | (③) | (④) |次の表を完成させなさい。
表の①〜④の空らんに、そのまま書きこもう。②と④は「〜こと」の形で、何を求めたかが分かるように書こう。
ヒント1
- 1. 動画の「1919年 アジアの民族運動」の場面(板書「【覚える】1919年 アジアの民族運動」)と、動画の問3の解説を見直します。
ヒント2
- 2. この宿題の表は、動画の問3の表と並び方がちがいます。動画の表は、左はしに「朝鮮・中国・インド」の地域が並んでいました。この宿題の表は、左はしに運動の名前があって、地域のほうをきいています。また、上の行が五・四運動、下の行が三・一独立運動の順になっています。入れかえないように気をつけましょう。
ヒント3
- 3. 運動の名前は日付からついています。三・一は 3 月 1 日、五・四は 5 月 4 日です。板書で、どの地域の横に「(3月1日)」、どの地域の横に「(5月4日)」があったかを見ます。
ヒント4
- 4. 先生の言葉も手がかりになります。「5 月 4 日、北京の学生たちが立ち上がった」。北京はどこの国の都市でしょう。「3 月 1 日、独立宣言が読み上げられ…〇〇全土に広がりました」。
ヒント5
- 5. ②(五・四運動で求めたこと):板書では「→ 山東省の権益を返すよう求めた」です。答えには、「もとはどこの国が持っていた権益か」「どこに返すのか」を入れて書きましょう。動画の問3の表には「(③)が山東省に持っていた権益を、中国に返すこと」という形がありました。
ヒント6
- 6. ④(三・一独立運動で求めたこと):板書では「→ 〇〇からの独立を求めた」です。その地域を植民地にしていた国の名前が入ります。
ヒント7
- 7. 動画の問3の解説の【注意】も見ましょう。「植民地だったので『独立』を求めた」のはどちらか、「独立国だったので『権益を返すこと』を求めた」のはどちらかが書いてあります。
答えと解き方
– ① 中国
– ② ドイツが山東省に持っていた権益を、中国に返すこと(日本が引き継ぐことに反対した)
– ③ 朝鮮
– ④ 日本からの独立
解き方
どちらも 1919 年の運動です。朝鮮は日本の植民地だったので独立を、中国は独立国だったので権益の返還を求めました。
答えの図
宿題7インドで、非暴力・不服従の抵抗を指導した人物はだれですか。また、その抵抗はどの国の支配に対するものでしたか。指導した人物:______
どの国の支配に対する抵抗か:______
ヒント1
- 1. 動画の「1919年 アジアの民族運動」の場面を見直します。板書の「・インド:〇〇〇〇〇の指導」の行です。
ヒント2
- 2. その下の「→ 非暴力・不服従の抵抗」が、この宿題の「非暴力・不服従」です。
ヒント3
- 3. 相手の国は、「民族自決という考え」の場面の板書「そのころの植民地(一部)」の「・インド → 〇〇〇〇が支配」に書いてあります。
ヒント4
- 4. 先生も「〇〇〇〇は、戦争に協力すれば戦後に自治を認めると約束していましたが、その約束を守りませんでした」と言っていました。
答えと解き方
ガンディー、イギリス
解き方
戦後に自治を認める約束が守られなかったことが、きっかけでした。
宿題8次のことは、パリ講和会議とワシントン会議の、どちらで決まったことですか。
① 国際連盟をつくること ② 日英同盟を解消すること ③ ドイツに賠償金を負わせること ④ 海軍の主力艦を制限すること① 答え:______会議
② 答え:______会議
③ 答え:______会議
④ 答え:______会議
「パリ講和」か「ワシントン」のどちらかを書きましょう。
ヒント1
- 1. 動画の「ワシントン会議」の場面の板書「【決まり】会議は『何を話し合ったか』で分ける」と、動画の問4の解説を見直します。
ヒント2
- 2. 見分け方はこうでした。
・パリ講和会議:負けた国の後始末(負けた国に課す条件/負けた国の領土・権益をどこへ移すか)・世界の平和のしくみ
・ワシントン会議:海軍・太平洋・中国
ヒント3
- 3. 「何のための会議か(目的)」で分けると、どちらも「争わないため」になって迷います。「何について話し合ったか」で分けましょう。
ヒント4
- 4. ① 国際連盟は、「世界全体の平和のしくみ」と「海軍・太平洋・中国」のどちらの話でしょう。動画の問4の選択肢イと同じです。
ヒント5
- 5. ② 日英同盟の解消は、動画で「だから、日英同盟の解消は『〇〇〇』の話です」と言っていました。動画の問4の選択肢ウと同じです。
ヒント6
- 6. ③ ドイツは戦争に負けた国です。負けた国に賠償金を負わせるのは、「負けた国に課す条件」です。動画の問4の選択肢エと同じです。
ヒント7
- 7. ④ 主力艦は、海軍の中心になる大型の軍艦です。動画の問4の選択肢アと同じです。
ヒント8
- 8. 動画の問4の答えは「ア・ウ・オ」がワシントン会議、「イ・エ」がパリ講和会議でした。
答えと解き方
① パリ講和会議、② ワシントン会議、③ パリ講和会議、④ ワシントン会議
解き方
何について話し合ったかで分けます。
– パリ講和会議の話題は、負けた国の後始末(負けた国に課す条件と、負けた国が持っていた領土・植民地・権益をどこへ移すか)と、世界全体の平和のしくみです。③は負けた国に課す条件です。①の国際連盟は世界全体のしくみで、この会議でつくることが決まり、1920 年に発足しました。
– ワシントン会議の話題は、海軍・太平洋・中国です。④は、勝った国どうしの海軍の話です。②は太平洋の話で、太平洋地域で各国が今持っている領土や権利を保つ新しい約束を結んだときに、日英同盟は解消されました。
宿題91919 年にドイツで定められ、労働者の団結権や人間らしく生きる権利(社会権)を初めて定めた憲法を何といいますか。答え:______憲法
ヒント1
- 1. 動画の「負けたドイツはどうなったか」の場面を見直します。板書の下のほうに「ドイツの新しい憲法:〇〇〇〇〇憲法(1919年)」と出た所です。
ヒント2
- 2. そのすぐ下に「→ 社会権を初めて定めた」とあります。これがこの宿題の憲法です。
ヒント3
- 3. 先生も「同じ1919年、ドイツでは新しい憲法ができました。〇〇〇〇〇憲法です。働く人が団結する権利や、人間らしく生きる権利を、世界で初めて定めた憲法でした」と言っていました。
ヒント4
答えと解き方
ワイマール憲法
解き方
男女の普通選挙も定めた、当時、世界でもっとも民主的といわれた憲法です。
しおりアカデミー|社会 中学2年 STEP 1-2
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