中学2年

【中学歴史 #9】大正時代 練習問題(STEP 2-1:入試の基礎①:知識と記述)

栞先生
社会 中学2年 STEP 2-1:入試の基礎①:知識と記述|全11問
紙やノートに解いてみよう。手が止まったら、ヒントを上から順に開こう。

📺 解けなかったら、この単元の授業動画で復習しよう。

宿題1次の出来事を、古い順に並べなさい。
ア 国際連盟の発足 イ ロシア革命 ウ ワシントン会議の開始 エ サラエボ事件
メモ:記号を箱に分けてみよう(書かなくてもよい)
答え:(古い)__ → __ → __ → __(新しい)
ヒント1
  • 1. 動画の「3つの箱」の場面と同じやり方で解きます。板書の【決まり】を見てください。「① 出来事を、大戦の前・中・後の箱に分ける」「② 箱の中は『何の後に起きたか』を、理由で並べる」です。
ヒント2
  • 2. エのサラエボ事件は、動画には出てきませんでした。1914年に、オーストリアの皇太子夫妻がサラエボでセルビア人の青年に殺された事件です。これがきっかけになって、第一次世界大戦が始まりました。戦争を引き起こした事件なので、大戦が始まる前の、いちばん初めのころの出来事です。
ヒント3
  • 3. イのロシア革命は、動画の「3つの箱」の場面の例に出てきました(板書「ロシア革命(1917年)→ シベリア出兵(1918年)」)。どの箱に入るかは、年から考えましょう。
ヒント4
  • 4. アの国際連盟も、同じ場面の例に出てきました(板書「パリ講和会議(1919年)→ 国際連盟(1920年)」)。大戦が終わった後の箱です。
ヒント5
  • 5. ウのワシントン会議は、動画の問1の解説で、板書の【覚える】3つの箱の大戦後の所に「国際連盟 → ワシントン会議」と出ています。1921年に始まった、軍備(軍艦など)を減らすことを話し合う会議です。
ヒント6
  • 6. アとウは、どちらも大戦後の箱に入ります。箱の中の順番は、動画の【覚える】で、どちらが矢印の先にあったかを見て決めましょう。国際連盟ができたのが1920年、ワシントン会議が始まったのが1921年です。
ヒント7
  • 7. 最後に、大戦前 → 大戦中 → 大戦後 の順に記号を書き写せば、答えになります。
答えと解き方
エ → イ → ア → ウ
解き方
– 大戦前・大戦のきっかけ:エ(1914 年)
– 大戦中:イ(1917 年)
– 大戦後:ア(1920 年)、ウ(1921 年)

国際連盟は講和会議で決まってできた組織です。ワシントン会議は、その後の軍備制限の会議です。
宿題2次の出来事を、古い順に並べなさい。
ア 全国水平社の結成 イ 原敬内閣の成立 ウ 吉野作造が民本主義を説く エ 加藤高明内閣の成立
メモ:記号を箱に分けてみよう(書かなくてもよい)
答え:(古い)__ → __ → __ → __(新しい)
ヒント1
  • 1. 宿題1と同じで、まず3つの箱に分け、箱の中を順番に並べます。動画の「3つの箱」の場面の板書【決まり】①②を使います。
ヒント2
  • 2. ウの吉野作造の民本主義は、動画の「3つの箱」の場面の板書【注意】に出てきました。「箱に入れにくい物は、年と一緒に覚える 民本主義(吉野作造):大戦中の1916年」です。
ヒント3
  • 3. イの原敬内閣は、動画の問1の解説で先生が「米騒動のあとにできた原敬の内閣も、同じ1918年で、大戦中の箱ですよ」と話していました。問3の出題の板書にも「原敬内閣:1918年、米騒動で寺内内閣が退陣したあとにできた」とあります。
ヒント4
  • 4. ウ(1916年)とイ(1918年)は、どちらも大戦中の箱です。年の早い方が先になります。
ヒント5
  • 5. エの加藤高明内閣は、動画の問4の解説の板書【注意】に出てきました。「加藤高明:1924年に首相(第二次護憲運動の後)」です。大戦後の箱に入ります。
ヒント6
  • 6. アの全国水平社は、動画の問4に名前だけ出てきました(「部落差別を受けてきた人々が自らつくった」団体)。全国水平社ができたのは1922年です。戦争と理由でつながっていないので、箱の考え方では順番が決まりません。民本主義と同じで、年と一緒に覚えておきましょう。全国水平社は大戦後の箱に入ります。
ヒント7
  • 7. 大戦後の箱の中は、ア(1922年)とエ(1924年)を年の順に並べます。
ヒント8
  • 8. 最後に、大戦中の箱の2つ → 大戦後の箱の2つ の順に、記号を書き写します。
答えと解き方
ウ → イ → ア → エ
解き方
ウは大戦中の 1916 年、イは大戦中の米騒動のあと(1918 年)です。アは大戦後の 1922 年、エは第二次護憲運動のあとの 1924 年です。
宿題3
(1) 次のうち、第一次世界大戦が終わった後の出来事を 2 つ選びなさい。
ア 三・一独立運動 イ 二十一か条の要求 ウ ワシントン会議 エ ロシア革命
答え:__ と __
(2) 第一次護憲運動で桂太郎内閣がたおれたのは、大戦の前・中・後のどれですか。
答え:大戦の(__)
何年ごろか分かれば、年も書いてみよう
___年
ヒント1
  • 1. この問いも、動画の「3つの箱」の考え方を使います。大戦は1914年に始まって、1918年の秋に終わりました(板書「大戦の終わりは1918年の秋」)。「大戦が終わった後」とは、大戦後の箱(1919年〜)のことです。
ヒント2
  • 2. (1) では、ア〜エをそれぞれどの箱に入れるかを考えます。
ヒント3
  • 3. アの三・一独立運動は、動画の問1に出てきました。解説の板書に「大戦後:イ 三・一独立運動(1919年)」とあります。
ヒント4
  • 4. イの二十一か条の要求も、動画の問1に出てきました。解説の板書に「大戦中:オ 二十一か条の要求(1915年)」とあります。先生は「ヨーロッパの国々が戦争をしていて、アジアに手を回せないすきに出しました」と話していました。
ヒント5
  • 5. ウのワシントン会議は、動画の問1の解説の板書【覚える】3つの箱で、大戦後の所に「国際連盟 → ワシントン会議」と出ています。
ヒント6
  • 6. エのロシア革命は、動画の「3つの箱」の場面の例に「ロシア革命(1917年)」と出ています。1917年は、どの箱に入るでしょうか。
ヒント7
  • 7. 大戦後の箱に入った物を2つ選べば、(1) の答えです。
ヒント8
  • 8. (2) の「第一次護憲運動で桂太郎内閣がたおれた」は、動画の問1のウと同じ出来事です。解説の板書に「大戦前:ウ 護憲運動で桂内閣がたおれる(1913年)」とあります。1913年は、大戦が始まった1914年より前でしょうか、後でしょうか。
答えと解き方
(1) ア・ウ、(2) 大戦の前(1913 年)
解き方
– (1) イは 1915 年、エは 1917 年で、どちらも大戦中です。
– (2) 第一次護憲運動は 1912〜13 年で、大戦が始まる前です。
宿題4第一次世界大戦の最中の日本の様子として正しいものを 2 つ選びなさい。
– ア 成金と呼ばれる人々が現れた。
– イ 山東省のドイツの権益を引き継ぐことを中国に求めた。
– ウ 普通選挙法が成立した。
– エ 日本がワシントン会議に参加した。
答え:__ と __
ヒント1
  • 1. 「大戦の最中」とは、大戦中の箱(1914〜18年)のことです。ア〜エがそれぞれいつのことかを考えて、大戦中の箱に入る物を2つ選びます。
ヒント2
  • 2. アの「成金」は、動画には出てきませんでした。動画の問2の解説で、先生は「大戦景気で物の値段が上がっていた」と話していました。大戦景気とは、第一次世界大戦のあいだ、ヨーロッパに物を売ったりして、日本の景気がとてもよくなったことです。そのとき、商売や船の仕事で急にお金持ちになった人たちが現れ、「成金」と呼ばれました。大戦景気は、いつのことでしょうか。
ヒント3
  • 3. イの「山東省のドイツの権益を引き継ぐことを中国に求めた」は、動画の問1のオ、二十一か条の要求のことです。先生は「山東省でドイツが持っていた権利をゆずることなどを、日本が中国に求めたもの」と話していました。解説の板書に「大戦中:オ 二十一か条の要求(1915年)」とあります。
ヒント4
  • 4. ウの普通選挙法は、動画の問1の解説の板書に「大戦後:イ 三・一独立運動(1919年)→ エ 普通選挙法(満25歳以上の男子・1925年)」とあります。
ヒント5
  • 5. エのワシントン会議は、動画の問1の解説の板書【覚える】3つの箱で、大戦後の所に出ています。
ヒント6
  • 6. 大戦後の箱に入る物を2つ外すと、残った2つが答えです。
答えと解き方
ア・イ
解き方
ウ(1925 年)とエ(1921〜22 年)は、大戦後のことです。
宿題51919 年に中国で五・四運動が起こった理由を、日本との関係にふれて書きなさい。
文の終わりは『〜から。』にしよう
答え
ヒント1
  • 1. この問いには、指定された語がありません。それでも、動画の「記述の書き方」の場面の記述の手順が使えます。何が原因で、その結果どうなって、問われた事(五・四運動)にどうつながったのかを考えます。
ヒント2
  • 2. 解説にあるとおり、動画の問1の二十一か条の要求から考えます。先生は「山東省でドイツが持っていた権利をゆずることなどを、日本が中国に求めたもの」と話していました。日本は、中国の山東省でドイツが持っていた権利(権益)をほしがっていた、ということです。
ヒント3
  • 3. 次の事実は、動画には出てきませんでした。1919年、大戦が終わったあとのパリ講和会議で、ドイツが山東省に持っていた権益を日本が引き継ぐことが認められました。中国は、その権益を返してほしいと願っていましたが、認められませんでした。
ヒント4
  • 4. これに怒った中国の人々が、反対の運動を起こしました。動画の問4の解説で先生が話していた「中国の北京の学生たちから始まった運動」が、五・四運動です。
ヒント5
  • 5. 並べると、原因は「パリ講和会議で、山東省のドイツの権益を日本が引き継ぐことが認められた」、問われた事は「中国の人々が反対して五・四運動を起こした」です。
ヒント6
  • 6. 問いは「起こった理由」なので、動画の記述の手順2つめ(「なぜ」→「〜から」)に合わせて、文の終わりを「〜に反対したから。」のようにします。
ヒント7
  • 7. 「日本との関係にふれて」とあるので、「日本が引き継ぐ」ことをきちんと書きましょう。「どこで決まったか(パリ講和会議)」と「何の権益か(ドイツが山東省に持っていた権益)」を入れると、くわしい答えになります。
答えと解き方
(例):パリ講和会議で、ドイツが山東省に持っていた権益を日本が引き継ぐことが認められたことに反対したから。
解き方
二十一か条の要求からのつながりで考えます。
宿題6日本が第一次世界大戦に参戦した理由を書きなさい。
文の終わりは『〜から。』にしよう
答え
ヒント1
  • 1. この問いの中身は、動画にはあまり出てきませんでした。下のヒントを順に読んでいけば、答えが書けます。
ヒント2
  • 2. 日本は、明治時代の1902年にイギリスと同盟を結んでいました。これを日英同盟といいます。第一次世界大戦では、イギリスがドイツと戦いました。日本は、この日英同盟を理由にして、イギリスの側で参戦しました。まずは「日英同盟を理由に」と書ければ、基本の点がとれます。
ヒント3
  • 3. もう1つの理由は、日本のねらいです。ドイツは、中国の山東省や太平洋の島々に拠点(基地や権益)を持っていました。日本は参戦して、これらのドイツの拠点を手に入れ、アジアで勢力を広げようとしました。
ヒント4
  • 4. 動画の問1の解説で、先生は二十一か条の要求について「ヨーロッパの国々が戦争をしていて、アジアに手を回せないすきに出しました」と話していました。日本が大戦をきっかけに、アジアで力を広げようとしていたことが分かりますね。
ヒント5
  • 5. 「日英同盟を理由に参戦し、〜を得て、勢力を広げようとした」の順に書いて、文の終わりを「〜から。」にしましょう(動画の記述の手順2つめ)。
答えと解き方
(例):日英同盟を理由に参戦し、アジアや太平洋のドイツの拠点を得て、勢力を広げようとしたから。
解き方
「日英同盟を理由に」だけでも基本点です。「勢力を広げる」まで書けると、なおよいです。
宿題7シベリア出兵の目的を書きなさい。
『目的』を聞かれているので、文の終わりは『〜ため。』にしよう
答え
ヒント1
  • 1. シベリア出兵は、動画の「3つの箱」の場面の例に出てきました。先生は「シベリア出兵は、ロシア革命でできた社会主義の政府に干渉するために、日本やアメリカなどが軍を送ったもの」と話していました。問2の解説でも、「ロシア革命に干渉するために、日本などがシベリアに軍を送ったもの」と話しています。
ヒント2
  • 2. 「干渉する」とは、ほかの国のことに、横から口や手を出して、思いどおりに変えようとすることです。
ヒント3
  • 3. ロシア革命で、ロシアには社会主義の政府ができました。日本やアメリカなどは、社会主義の考えが自分の国にも広がることをおそれていました。だから、革命に干渉しようとしたのです。
ヒント4
  • 4. 「社会主義(ロシア革命の影響)が広がるのをおそれた」と「革命に干渉する」の2つを入れて書きましょう。
ヒント5
  • 5. 目的を聞かれているので、文の終わりを「〜ため。」にします。動画の記述の手順2つめ「文の終わりを、聞かれ方に合わせる」と同じ考え方です。
答えと解き方
(例):ロシア革命の影響(社会主義の考え)が自分の国に広がるのをおそれ、革命に干渉するため。
解き方
「革命への干渉」と「社会主義へのおそれ」が、中心になる言葉です。
宿題81918 年に寺内内閣が退陣した理由を書きなさい。
文の終わりは『〜から。』にしよう
答え
ヒント1
  • 1. 動画の問3の出題の場面を見てください。板書に「原敬内閣:1918年、米騒動で寺内内閣が退陣したあとにできた」とあります。先生は「米騒動の責任をとって寺内内閣が退陣したあと」と話していました。
ヒント2
  • 2. 米騒動は、動画の問2で扱いました。先生は「富山県の女性たちが米の安売りを求めて立ち上がり、それが全国に広がりました」と話していました。
ヒント3
  • 3. つなげると、「米騒動が全国に広がった」→「その責任をとって、寺内内閣が退陣した」となります。
ヒント4
  • 4. 理由を聞かれているので、文の終わりを「〜から。」にしましょう(動画の記述の手順2つめ)。
答えと解き方
(例):米騒動が全国に広がった責任をとったから。
解き方
その後、原敬が本格的な政党内閣をつくりました。
宿題91925 年の普通選挙法で、選挙権の条件がどう変わったかを、「納税額」「満25歳」の 2 つの語を使って書きなさい。
『納税額』『満25歳』の2つの語を、どちらも使ったか確かめよう
答え
ヒント1
  • 1. 動画の問4の解説を見てください。板書の【注意】原敬と加藤高明に、「原敬:…納税額を10円以上から3円以上に下げた(税の条件は残る)」「加藤高明:…1925年に普通選挙法(満25歳以上の男子)」とあります。
ヒント2
  • 2. 先生は、普通選挙法を「税金の条件をなくし、満25歳以上の男子に選挙権を認めた法律」と話していました。
ヒント3
  • 3. 普通選挙法の前は、決まった額より多く税金(納税額)を納めた人にしか、選挙権がありませんでした。普通選挙法で、この納税額の条件がなくなりました。
ヒント4
  • 4. その代わりに、選挙権を持てるのは「満25歳以上の男子」になりました。
ヒント5
  • 5. この問いは「どう変わったか」を聞いているので、「〜がなくなり、〜に選挙権が与えられた。」のように、変わったあとの様子で文を終えます。
ヒント6
  • 6. 気をつけること:「男子」を書き落とさないでください。このとき、女性にはまだ選挙権がありませんでした。動画の板書でも、普通選挙法には毎回「(満25歳以上の男子)」と書かれていました。
答えと解き方
(例):納税額による条件がなくなり、満25歳以上の男子に選挙権が与えられた。
解き方
「男子」が抜けると誤りになります。女性には選挙権がありませんでした。
宿題10人物と、その人物に関係のある内容の組み合わせとして正しいものを 2 つ選びなさい。
– ア 加藤高明-普通選挙法を成立させた
– イ 尾崎行雄-民本主義を説いた
– ウ レーニン-ロシア革命を指導した
– エ 新渡戸稲造-国際連盟の設立を提案した
答え:__ と __
ヒント1
  • 1. 動画の問4と同じ形の問いです。先生は「名前の印象だけで決めずに、右側の出来事の中身から、それがだれのことかを考えてみてください」と話していました。右側の内容から、それがだれのことかを考えましょう。
ヒント2
  • 2. アの「普通選挙法を成立させた」は、動画の問4の解説の板書【注意】原敬と加藤高明に出ています。「加藤高明:1924年に首相(第二次護憲運動の後)。1925年に普通選挙法(満25歳以上の男子)」です。
ヒント3
  • 3. イの「民本主義を説いた」は、動画の問4のアに出てきました。「吉野作造-民本主義を説き、普通選挙と政党内閣を主張した」です。尾崎行雄は、動画には出てきませんでした。尾崎行雄は、第一次護憲運動の中心になった政治家です。
ヒント4
  • 4. エの「国際連盟の設立を提案した」は、動画の問4のウに出てきました。「ウィルソン-民族自決を唱え、国際連盟の設立を提案した」です。新渡戸稲造は、動画には出てきませんでした。新渡戸稲造は、国際連盟ができたあと、そこで事務次長として働いた日本人です。
ヒント5
  • 5. ウのレーニンも、動画には出てきませんでした。レーニンは、1917年のロシア革命を指導して、社会主義の政府をつくった人です。
ヒント6
  • 6. ア〜エが正しいか誤りかを1つずつ決めて、正しい物を2つ選びましょう。
答えと解き方
ア・ウ
解き方
– イ:民本主義は吉野作造です。尾崎行雄は護憲運動の中心でした。
– エ:連盟を提案したのはウィルソンです。新渡戸稲造は事務次長でした。
宿題111919 年に朝鮮で三・一独立運動が起こった背景を、「民族自決」の語を使って書きなさい。
『民族自決』の語を使ったか、文の終わりが『〜から。』になっているか、確かめよう
答え
ヒント1
  • 1. 三・一独立運動は、動画の問1に出てきました。先生は「朝鮮の人々が日本からの独立を求めた運動で、パリ講和会議と同じ1919年。戦争が終わってすぐ、民族自決の考えが広まったころでした」と話していました。
ヒント2
  • 2. 「民族自決」とは、それぞれの民族が、自分たちのことを自分たちで決めるべきだ、という考えです。動画の問4のウに「ウィルソン-民族自決を唱え」とあるように、アメリカ大統領のウィルソンが唱えました。
ヒント3
  • 3. このころ、朝鮮は日本に支配されていました(植民地)。民族自決の考えが広まったので、朝鮮の人々は「自分たちのことは自分たちで決めたい」と、日本からの独立を求めました。
ヒント4
  • 4. 動画の「記述の書き方」の場面の記述の手順で並べると、原因は「民族自決の考えが広まった」、問われた事は「朝鮮の人々が日本からの独立を求めた(三・一独立運動)」です。
ヒント5
  • 5. 「背景」とは、その出来事が起こったもとになった様子のことです。理由と同じように考えて、文の終わりを「〜から。」にしましょう(動画の記述の手順2つめ)。
答えと解き方
(例):民族自決の考えが広まり、朝鮮の人々が日本からの独立を求めたから。
解き方
運動は、朝鮮総督府が武力で鎮圧しました。
しおりアカデミー|社会 中学2年 STEP 2-1:入試の基礎①:知識と記述
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